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【#01 赤木將男先生】 整形外科医として腕で身を立てる

本編に登場する論文

Effect of rotational alignment on patellar tracking in total knee arthroplasty
M Akagi, Y Matsusue, T Mata, Y Asada, M Horiguchi, H Iida, T Nakamura
Clin Orthop Relat Res. 1999 Sep:(366):155-63. doi: 10.1097/00003086-199909000-00019.

── よろしくお願いします。
赤木先生が医学部卒業されて整形外科医を選んだ理由はありますか?

学生時代、割と頑張ってテニスをやっていました。
頭を使うより体を使う方が得意な人間ですね。
医学部テニス部のナンバー1を2年間やりましたし、キャプテンも1年間やりました。
高校生の頃はテニス部でも何でもなかったんですけれど、結構入れ込んでいました。
それで、やっぱり勉強していなくて、、、。
内科に行く人達を見ていると、やはりよく勉強しているわけです。頭もいい。
それで、自分は腕で身を立てて行こうと思い、整形外科を選びました。

── なるほど。

あと、子供の頃から図画工作が好きだったんです。
小学生の頃はプラモデル少年だったし、中学高校では美術や工作が好きだった。
だから、整形外科だったら出来るだろうと考えました。

── 整形外科を選ばれて、ご卒業の京都大学の整形外科医局に入局されたわけですね。
京都大学整形外科医局では、どんな研修システムだったのでしょうか?

京都大学はキッチリとした卒後研修システムを持っている医局です。
入局すると、最初の1年間は大学で研修して、それから市中の比較的大きな病院で2年間の研修をする。
その後の3年間は、少し小さな地方の病院で実際の執刀を始めます。
それで計6年ですよね。
それが終わったら大学院を受験するか、さらに臨床を継続するかどうかを考える。
このようなコースになっており、入局者のほぼ全員がこれに従います。

── なるほど。
では、先生も6年間やられて、その後は大学院で京都大学へ戻られたのでしょうか?

いや、自分は腕で身を立てたいと思っていたので大学院には行きませんでした。
滋賀県高島郡の僻地病院で3年間手術をさせてもらって、多少手術が分かって来ました。
しかし、自信を持つには程遠く、大学院へは行かずに倉敷中央病院に赴任させてもらいました。
倉敷中央病院では、外傷から手の外科、脊椎から人工関節まで、ありとあらゆる手術をやりましたね。
京都大学の関連病院は西日本の地方に広く点在しており、その関連病院の部長を育成することが重要です。一通りの手術ができて、そして若い人たちを育てられる人材を作らないといけないのです。
つまり、若いうちから専門分野を絞るというわけにはいかないのです。

── そんな先生が平成6年、卒後12年目に京都大学に戻られることになります。
どんなきっかけがあったのでしょうか?

結局、倉敷中央病院で5年間働きました。
年間400から500件ぐらいの手術に入って、その半分以上を自分で執刀して、残りは自分とペアになった若い人たちに教える、、、。
そのようなことをしていると、燃え尽きというか、やり尽くした感じが出てきました。
それで、そろそろ開業しようかと思ったんです。

部長に相談したら「お前に手術を教えたのは開業させるためではない」と言われました、、。
「大学に戻って、もう一度勉強しなおしなさい」というようなことを言われました。
学位にもあまり興味がなかったし、学問的な業績を積むことにも興味がありませんでした。そんなことが自分にできるとも思いませんでした。
しかし、「手術ばかりで勉強していない」ことは事実でしたし、余りに早く開業するのは恩師に対して申し訳ない、という気持ちもありました。
そこで、大学に戻って学位だけは取ろうかな、と。
とりあえず大学に帰ってみたのです。

── 京都大学では、論文博士を取るのはメジャーだったのですか?

先ほど申し上げたように、京都大学では一通りの診療ができる人材を育成しているため、若い時分に臨床をやってる期間が長いです。
だから、大学院には行かず、かなり臨床をやってから大学に帰り論文博士で学位をとるというケースは結構多いです。
例えば、滋賀医科大学の教授をされていた松末吉隆先生や関西医科大学で教授をされていた飯田寛和先生も大学院には行っておられないです。
お二人とも、学位論文が終わってからも臨床と研究を継続して教授になられました。
メジャーとは言えませんが、結構多いのは事実です。

── 赤木先生が京都大学に帰られた頃は山室隆夫教授の時代でしょうか?

ちょうど、山室隆夫教授が退官されて、教授不在で教授選考をやっていた時期でした。
中村孝志教授に代わる頃でした。

── そうだったのですね。
では、助手で臨床的な活動を行うかたわら学位取得に励まれたと思うのですが、「実験的転移性骨腫瘍に対するハイパーサーミア」の研究で学位を取られていますね。
人工関節に関する研究ではなく、意外でした。

人工関節の研究とは全然違います。
私の学位の指導は腫瘍班の琴浦良彦助教授だったのです。
このテーマで科学研究費を取った腫瘍班の大学院生が赴任してしまって、科学研究費が宙に浮いていた。
私は特に腫瘍に興味はなかったけれど、このテーマで学位研究をやりなさいと言われたので、それに従いました。
ウサギの脛骨髄腔に悪性腫瘍を植え付け、それを転移性骨腫瘍に見立てました。
ある程度大きくなってから髄内釘のように脛骨髄腔にK-wireを入れて、それを高周波磁場に置いて低温加熱し、腫瘍を死滅させることができるかどうか調べる。
電子レンジでチンするようなものですね。

── 腫瘍班に進みそうなエピソードですが、その後に人工関節に関わる経緯はどうだったのでしょうか?

大学に帰った時はまだ教授が決まってない段階でした。
科学研究費の仕事は誰かがやらなければならないので、私は学位の仕事として担当していたところ、リウマチ班の中村先生が教授に就任されました。
「助手にするのでリウマチ班に入れ」と言われて、一緒にリウマチ診療を始めることになりました。
腫瘍班で学位の研究を進めながら、リウマチ班で臨床をするという、二足のわらじを履いての毎日でした。

── 1999年に人工膝関節の臨床論文で、大腿骨コンポーネントの回旋と膝蓋骨トラッキングに関する論文をpublishされています。
これは京都大学の手術での取り組みを評価した研究ですか?

いえ、私からの発案です。
私から中村先生に手術の時に「この道具を使って大腿骨の回旋角度を決めてください」とお願いをしました。
学位の研究についてはテーマを与えられますが、その後の研究テーマについては、何も指導はありません。
全部、自分の研究は自分のアイデアでやっていく教室でした。 
リウマチ班では、人工股関節もありますけど、やっぱり人工膝関節が一番多いです。
当時の人工膝関節の一つの大きな問題に、膝蓋骨トラッキング不良がありました。
膝蓋骨トラッキングが悪いままで手術を終えると、術後に膝蓋骨が亜脱臼したり脱臼したりする。また、膝蓋骨のポリエチレンが摩耗して、大腿骨コンポーネントの金属と膝蓋骨メタルバックがインピンジして、術後に激しいメタローシスを起こすという症例がありました。 
私は、倉敷中央病院時代にこのような症例を経験しており、問題意識として持っていました。
当時は、この問題に対応するため、外側支帯解離を多くの症例に対して行なっていました。
調べてみると、大腿骨後顆軸より少し外旋に入れると膝蓋骨トラッキングが良くなるというカダバー研究の論文がありました。
京都大学で使っていたKU型(Bi-surface)人工膝関節はメタルバック膝蓋骨ではありませんが、やはり「外側解離が多いな」と感じていました。
しかし、大腿コンポーネントの回旋をどう決めるかについては、中村先生もあまり意識されてなかった。
そこで、カダバー研究の結果を、実際の臨床でやってみようと思ったんです。

京セラの人と一緒に後顆軸から一定の外旋角を与えるデバイスを作って、中村教授に「これ使ってください。これに平行に大腿骨コンポーネントをセットしてください」と頼みました。 
そうすると、明らかに外側解離を必要とする症例が減りました。
それで論文を書いたわけです。

── 倉敷中央病院で多くの手術症例を経験して、メタローシスなどの課題を肌感覚で体験されていたのですね。

そうです。
メタローシスを生じると膝が腫れ、炎症が生じます。
患者さんにとって痛みが出て辛いですし、メタローシスによって骨が傷みコンポーネントが緩んでくる。再手術時には関節の中は真っ黒です。

── 論文を見ると1996年11月以降は外旋設置するよう手術を変更した、って書いてありますけど、すぐに切り替えてくださる京都大学は頭が柔らかいですね。

中村先生の許容度が高かったです。
「まあやってみたらいいんじゃない!」って感じでした。
デバイスの使用開始から暫くして、「中村先生、外側解離が減っていると思いませんか?」と聞いたら「確かにそうだね」って言ってもらえました。 
そこで術後のCTを撮って、ちゃんと外旋ができているかを調べてみました。

── この考え方は当時の世界的な流れになったのでしょうか?

いろいろな考え方がありましたけど、当時、Whiteside lineが大腿骨前後軸として有用と考えられていました。
上顆軸に並行に設置するのが生理的ですが、術中に上顆軸を同定することは困難です。
上顆軸はWhiteside lineに対してほぼ直交していて、後顆軸に対して3-5度外旋していることが分かっていました。
だから、後顆軸に対して5度外旋させると上顆軸に並行、Whiteside lineに直行する方に近づきます。
インプラントは生理的な形態に近づき、膝蓋骨トラッキングが改善すると考察しました。
また、カダバー研究の結果をサポートしたとも述べました。
現在の手術器械はほとんどのものが後顆軸を基準に外旋角度を考えていますので、世界的な流れになったと言って良いと思います。
この前の日本人工関節学会(2022年2月、京都)で松田秀一理事長が人工膝関節に関する日本の業績の中で引用論文のランキングを挙げていましたが、この膝蓋骨トラッキングに関する私の論文がトップという事でした。

── 素晴らしいですね。

#02に続く

こちらの記事は2022年5月にQuotomyで掲載したものの転載です。