
【#02 赤木將男先生】帰る場所はどこでもいい、必ずこの研究をやりたい
本編に登場する論文
The Bisurface Total Knee Replacement: A Unique Design for Flexion Four-to-Nine-Year Follow-up Study
M Akagi, T Nakamura, Y Matsusue, T Ueo, K Nishijyo, E Ohnishi
J Bone Joint Surg Am. 2000 Nov;82(11):1626-33. doi: 10.2106/00004623-200011000-00017.
An Anteroposterior Axis of the Tibia for Total Knee Arthroplasty
Masao Akagi, Masamichi Oh, Tohgo Nonaka, Harutoshi Tsujimoto, Taiyo Asano, Chiaki Hamanishi
Clin Orthop Relat Res. 2004 Mar:(420):213-9. doi: 10.1097/00003086-200403000-00030.
Variability of extraarticular tibial rotation references for total knee arthroplasty
Masao Akagi, Shigeshi Mori, Shunji Nishimura, Akio Nishimura, Taiyo Asano, Chiaki Hamanishi
Clin Orthop Relat Res. 2005 Jul:(436):172-6. doi: 10.1097/01.blo.0000160027.52481.32.
── 2000年にJBJS-Amにpublishされた論文では、Bi-surface型人工膝関節の成績を前向きに調査されています。
こういうシステムが出てきたから、成績をみようと考えた研究でしょうか?
いえ、このインプラントはかなり以前に京セラが開発していました。そこで、前向きに蓄積されたデータを論文にまとめました。
Bi-surfaceというのは、日本人の生活様式にあった可動域の良好なインプラントとして開発されたものです。
人工膝関節の屈曲可動域を良くするためには大腿骨のロールバックが必要です。
そこで、Insall/Burstein 2など、脛骨側ポリエチレンに突起のあるカム機構を使ってロールバックを強制する、いわゆるPosterior stabilization、PS機構を持ったインプラントが出ていました。
そして、その機構に対しては特許がかかっていました。
京セラのエンジニアは、その機構をひっくり返すアイデアを出して新しいインプラントをデザインしたのです。
つまり、大腿骨側に飛び出しているものを作り、脛骨ポリエチレン側に凹んでいる部分を作ることにしたんです。
しかも、その機構は膝の軸回旋、つまり、捻れが出来るよう球面できています。
そのデザインを京都大学に持って来たところ、面白そうだからやってみようと言うことになり、上尾豊二先生が中心になってデザインを検討し臨床使用が始まりました。
私が京都大学に帰った時には、すでに上尾先生は玉造厚生年金病院に出ていました。
そろそろ臨床成績をまとめようという話になって、中村先生が私に調べるように言われたのが論文執筆の始まりです。
手術台帳を調べては、毎晩深夜にカルテ倉庫に行ってデータを取りました。
── 京セラのエンジニアの方がアイデアを持ち込まれたのですね。
臨床現場でデザインの調整や確認をしてほしい、という事で持ち込まれたものです。
上尾先生がこの作業に関わられて、膝中央後方の球状関節面の位置をどこに設置するのがベストか、という事でアドバイスをしたとのことです。
── そうだったのですね。
京都大学は山室先生の前の伊藤鐡夫教授が人工関節に興味を持たれて、イギリスやアメリカのインプラントを我が国でも先行して導入されました。
1970年、伊藤先生の頃に京都大学でチャンレー式人工股関節が日本で初めて実施されました。
日本人工関節学会の前身である日本人工関節研究会の第1回が1971年に伊藤鐡夫先生により開催されています。
そういった経緯もあり、京セラと京都大学とが一緒になって新しい人工関節を開発していこうという素地がありました。

── 2000年にカリフォルニア州のロマ・リンダ大学に留学されています。
これは京都大学からの留学生の流れがあったのでしょうか。
そうです、京都大学からロマ・リンダ大学への留学は私で3人目でした。
ロマ・リンダ大学には、人工膝関節のポリエチレン摩耗を研究するための人工膝関節シミュレーターがあったのです。
当時、人工股関節のポリエチレン摩耗については研究がかなり進んでいて、シミュレーターもあちこちにありました。
けれど、人工膝関節シミュレーターとなると世界でもまだアメリカのボストンとロマリンダにしかなかったんです。
実は、前後方向に擦っているだけではポリエチレンは摩耗せず、もっと三次元的に非常に複雑な動きをさせないとポリエチレンは摩耗しないのです。
膝関節は非常に複雑な運動をするし、複雑な荷重があるので、シミュレーターの開発が遅れていたのですね。
── そのシミュレーターを用いてクロスリンクポリエチレンの人工膝関節応用を研究されたのですね。
すでに人工股関節の方ではクロスリンクポリエチレンの有効性が実証されて臨床応用の結果が出始めていました。
人工膝関節についてはポリエチレンをクロスリンクすることが良いことなのか悪いことなのかまだ分かりませんでした。
ポリエチレンはクロスリンクすると硬くなって簡単には摩耗しなくなるけれど、硬くなることで脆くなるため、却って危険な面も出る。
そういった背景から、ちゃんとシミュレーターでデータを得ようということで実験しましたね。
── 先生は日本で腫瘍の研究をされていたと思います。
いきなりバイオメカ研究になって留学先のロマ・リンダで苦労されたのでは?
そんな難しいことじゃないですよ。
日本にいた頃から生理的膝運動には興味を持って勉強していたし、素材であるポリエチレンやセラミックス、金属についても勉強したら理解できる内容です。
何せ留学中は臨床から離れるので、勉強する時間は有り余るほどあるので。
── 留学1年後の年に近畿大学に異動されていますが、直接ロマリンダから近畿大学へ行く流れになったのでしょうか?
その通りです。近畿大学に直接異動するとは、あまり私も予想していなかったです。
留学に出る時には、もう大学での仕事は終わったと思い、「大阪生まれなので、大阪市内の病院で働きたいな」などと思っていました。
ところが、帰国の数か月前に中村教授から初めてメールが来て「次の赴任先は近畿大学となっているが、それで良いか」と一言書いてありました。
私も「了解しました」と一言だけ書いて返信しました。

── 近畿大学に行かれて、先生の代表的な論文である脛骨AP軸の論文を出されます。
異動されてすぐにこの論文が誕生したのは、近畿大学に人工膝関節研究の下地があったのでしょうか?
いえ、そういうわけではないです。
AP軸の研究のアイデアは京都大学の時からすでにありました。
私が京都大学にいた時に倉敷中央病院の後輩だった浅野太洋先生が論文博士をとりに大学に帰って来たのですね。
京都大学工学部に3年間行って、その後、医学部に入って整形外科医になった男です。
彼が非常に優秀で数学的・工学的素養を持っていることを、私は知っていたのです。
その彼に人間の膝が3次元的にどういう風に動いているのかということを研究してみたらどうか?って提案したんですね。
私は彼の能力をよく知っていたし、彼ならそういう研究ができるだろうと思っていました。
当時、イメージマッチング法と言われる3次元的運動解析手法があって、透視ビデオを撮ってインプラントが3次元的にどの様に動くのかを研究する手法が公表されていました。
それに比較的近い考え方で、インプラントじゃなくて生理的な膝の動きを見てみたらどうか、と二人で研究を始めたのです。

その研究の過程で脛骨のAP軸の案はほとんどできていました。
膝のキネマティクスの記述ですが、大腿骨上顆軸を横軸として脛骨が回転し、脛骨には縦の回転軸が存在する、と考えられていました。それを淺野先生は生きた人の膝で証明したのです。
すなわち、大腿骨上顆軸は膝関節の横軸です。それを基準に脛骨側には前後軸、つまり、AP軸を設定できるんじゃないかと考えました。
京都大学で浅野先生と一緒に仕事をしながら、留学中にもそのアイデアを温めていたのです。
日本に帰国したら、帰る場所は市中病院でもどこでもいい、必ずこの研究をやりたいと考えてたのです。
きっと役立つ成果が出ると思っていたし、誰もやっていませんでしたからね。
── そんな前からアイデアの種があったのですね。
研究自体は簡単な話で、正常な人のCTを撮像して大腿骨側の大腿骨上顆軸を脛骨に投影する。
そして、脛骨側にその大腿骨上顆軸に垂直なAP軸を設定できるランドマークを見つける。
そういう研究なので、ただ単に膝のCTを撮れたら基本的には済むのですよ。
大腿骨側にはWhiteside lineとか上顆軸があるのに、脛骨側にはAP軸が決まってない状況だったので、それを決めるランドマークを見つけることで人工膝関節の成績が安定するだろうと考えたのです。
大腿骨側の回旋位についてはだいたい分かったので、今度は脛骨側の回旋位に向かった。
普通の研究の流れですね。
私の膝研究のテーマは全て一連の流れがあって、どれひとつとしてバラバラのテーマにはなってないんですよ。
ずっと積み上げ式で、臨床医として知りたいことをやって来たつもりです。
── ありがとうございます。
次の論文では、この脛骨AP軸のバリデーションをされているのでしょうか?
バリデーションではなくバリアビリティ、つまり、ばらつきを調べました。
脛骨コンポーネントの回旋アライメントを決める指標には、既にいくつかの提案があったんです。
次の論文では、第2中足骨や足関節を使ったそれらの指標と比べて、自分が提案したAP軸の安定性はどうなんだ?という事を見ています。
結果は、私が考案したAP軸において圧倒的にバリアビリティが小さく安定していました。
── 赤木ラインが素晴らしかったのですね。
実は「Akagi's line」という言葉は、私は論文の中で一度も使ったことはありません。
私は自分の論文では脛骨AP軸と呼んでいたのですけど、「Akagi's line」と呼んで、脛骨AP軸を広めてくれたのは、Agliettiというイタリアの膝の大御所でした。
#03に続く
こちらの記事は2022年5月にQuotomyで掲載したものの転載です。