手術室でも医局でもない、
外科系医師に開かれたオンラインでの研鑽場所

【#01 中西一義先生】富士山の中で大腸菌を探す

本編に登場する論文

Wide-range visualization of compound nerve action magnetic fields in the human median and ulnar nerves from the forearm to Erb's point
Kazuyoshi Nakanishi, Takunori Mashiko, Yoshinori Fujimoto, Nobuhiro Tanaka, Yoshiyuki Iwase, Osamu Ishida, Mitsuo Ochi
Neurosci Lett. 2004 Feb 12;356(2):151-3. doi: 10.1016/j.neulet.2003.11.046.

Visualization of temporal increase in compound nerve action magnetic fields in the human median nerve during ischemia
Kazuyoshi Nakanishi, Yoshinori Fujimoto, Nobuhiro Tanaka, Yoshiyuki Iwase, Ken Inoue, Osamu Ishida, Mitsuo Ochi
Neuroimage. 2005 Apr 1;25(2):642-5. doi: 10.1016/j.neuroimage.2004.11.041.

── 中西先生、よろしくお願いします。
まず、なぜ整形外科を選ばれたのか伺ってもよろしいでしょうか?

うちの両親は医者ではなかったので、進路を比較的自由に選べる環境ではあったのですが、叔父や従兄弟が内科の医者をやっていたので内科を薦められたりしていました。
けれども、実は幼少期から大工さんになりたかったんですね。
物が出来上がっていくのを見るのが凄く好きで、近所で家が建ち始めると、幼稚園の帰りにじっと座りこんで家ができていくのをずっと見ているような子供だったらしいです。
大工的な仕事で、矯正したりとか再建したりとかっていうところに非常に興味を持っていたのですね。

── なるほど。家族から反対はされなかったのですか。

実は「内科のお医者さんが一番偉い」なんて言って暗示をかけられていました、笑。
内科の先生が最終的には頼りになるということだと思うのですけど、私はむしろ家族とは違う事をやりたかったのですね。
実際に整形外科と決めたのは、本当に最後の一か月ぐらいだったと思います。
研修医制度ではなかったので卒業して国家試験を受験したら、すぐどこかの診療科に所属する時代でした。
本当に一か月前ぐらいまで脳神経外科と泌尿器科と整形外科で迷ってまして、最終的には大工さん的な診療科をなんとなく選んだのかなあ。
実際に整形外科に入ってみて、修復したり矯正したり再建もしますし、先輩の仕事を見て本当に面白いことをされていて凄いなぁと思いました。

── 先生は日本大学医学部を卒業されていますが、ご出身の広島に戻られています。

家族が「広島に帰って来なさい」と言っていたので、それに素直に従いました。
大学の先輩・後輩・友達は東京で働く方が多かったので、寂しかったのを凄く覚えています。
広島に帰って、ほとんど知らない人の中でやっていくのはちょっと不安がありました。

── それで広島大学の整形外科教室に入局されるわけですね。
どんな研修システムだったのでしょうか?

当時広島大学の整形外科教室は生田義和先生が教授をされていました。最初はオーベンの先生について、いろいろご指導いただくことになります。
私は最初の3か月はリウマチ専門の先生について、その次に骨軟部腫瘍の先生に3か月。
そのあとの半年間、脊椎の佐々木正修先生先生にご指導いただいたんです。
その当時、脊椎班チーフだった藤本吉範先生が医局長をされていたのもあって、脊椎の先生と交流することが多く、抄読会に毎週出たりしていていました。
たくさんご指導いただいたので脊椎外科に進むことになりました。
もう一度生まれ変わったらするかどうかわかんないんですけど。

── 脊椎を専門にして後悔してるんですか?笑

藤本吉範先生が医局長を務められた前年の医局長が越智光夫先生(第12代広島大学学長)でして、私は医局長の越智先生にご挨拶へ行って入局させてもらったんですね。
その越智先生から大学院に入るときに「膝はやらないのか?」って言われたのです。
それは、越智先生がちょうど島根医科大学の教授から広島大学教授として戻ってこられたタイミングで、大学院の歓迎会の出来事でした。
越智先生と脊椎班チーフの藤本先生がいらっしゃるテーブルに座っているシチュエーションで、越智先生が「膝やらないの?」とおっしゃって、私はなんて答えたらいいのか固まってしまっていたのを覚えています。
そこで膝を選んだらどうなっていたかなぁという気はしています。

── そうだったのですね。それでも脊椎を選んだ理由はあったのですか?

脊椎班の先生が患者さんの数に比べて少ないように感じて、必要性を感じていました。
それに、手術を少しずつさせていただくようになると、合併症が起こらないように慎重にしないといけなかったりするわけですけれど、そのやりがいや達成感に凄く専門性を感じたんです。
こういう専門的な脊椎手術ができるようになれば、私も医者として道が開けるかなという風に感じたんですね。

── 今回ご紹介いただく論文は、大学院生の頃の論文だと思います。

はい、その通りです。
実は先輩の先生がやる予定のテーマだったんですよ。
磁界計測というテーマなんですけども、うまくいかないんじゃないかっていう事で先輩が敬遠されて、大学院生の脊椎班の中で下っ端の私に回ってきた。
私自身もできる自信は全くなかったのですけれども、与えていただいたテーマなのでやってみようかって思って始めました。
最初、全く上手くいかなかったですね。

── どんな研究だったのでしょうか?

神経の中の軸索電流から発せられる磁界を検出するんです。
けれども、まあ極めて微弱な信号で、地上のノイズがあって全然検出できないんですよ。
限られた手段を使ってなんとかしようと思ってたんですけど全然うまくいかなかった。
その頃に、順天堂大学から広島大学の手の外科グループに国内留学でいらっしゃってた富田善雅先生から、実は順天堂大学でそういう研究をやっている先生でいらっしゃると伺ったのです。
それが岩瀬嘉志先生と安間基雄先生先生で、NTTドコモと共同で研究していらっしゃった。
NTTドコモが横須賀市野比に最先端のラボを持っていて、そちらでいっしょにやらないかっていう話を頂きました。
それで、生体磁界計測装置の立ち上げをお手伝いすることになったのです。
ただ何億円というお金がかかった機器を使っても、全然できないんですよね
益子拓徳先生というNTTドコモの研究者の先生が「脳の磁界ってどれぐらい小さいか知ってるか?」って質問されたことがあります。
「地球の磁場が富士山の大きさだとすると、脳から出る磁界ってどれぐらいの大きさかわかるか?」って言われたんですね
私、サッカー部だったんで「サッカーボールぐらいですか?」って言ったら「もっと小さいんだぞ、大腸菌一個ぐらい」。

富士山のノイズの中で大腸菌だけ検出するんだよって例えを聞いて、当時10-14テスラって実際どれぐらい小さいのかっていうのが全くわかってなかったと気付きました。
これは大変な研究をやっていたんだな、って。
画面に凄いノイズが出る中で、神経から出てる波形がどれか分からないわけです。
それをフィルターかけたり、加算平均してその信号だけ増幅して信号をとったりしてたんですね。
専門の研究者の方々が日夜プログラムを作られていました。
そうしたら、ある日突然とれはじめたんですよね
この信号じゃないかって。

── 条件の設定がピタリと合ったってことですか?

見てるところ、時間的なところ、周波数を切り分けられたこと、あとハードウェアもかなり適正化されて、磁測計の方もすごく良いコンディションになった。
それらが一気に繋がり、突然計測できるようになって、やっと研究が進むようになったのです。
それまで半年以上は何やっても結果がでなくて、そろそろ広島に帰ることを考えないといけないかなと思っていました。
本当に皆、昼夜問わず泊まりっきりで実験していましたから、努力の甲斐あって本当にある日突然とれるようになったのは嬉しかったですね。

── 今回ご紹介いただく論文は、Erb's pointの神経から出る磁界を視覚化できたぞ、と。
そういう論文でしょうか?

その通りです。
末梢神経の磁界は非侵襲的に皮膚の表面から大きな広い範囲で計測することできました。
とれた磁界から逆問題を解くと軸索内の電流を非常に高精度に計測できるという点が磁界計測のメリットです。
この論文では、伝搬速度の違う軸索からの信号が、伝搬するにつれて速度が違うものが分離していく状況を初めてビジュアライズできた。
扱ったのは健常人のデータだったのですけれども、絞扼性障害や神経伝導障害が起こるような病態になった時に非常に高精度に評価できるんじゃないか、という期待感で採択して頂いたと思います。

── 素晴らしいですね。
2つめの論文はどんな論文でしょうか?

当時は手当たりしだいに思いついたことはなんでも実践して、本当にいろいろな計測をやっていたんですね。
かなりのデータがあった中で、腕に駆血帯をすると痺れ感が起きて、その後感覚鈍麻が来す過程の変化を計測したデータがありました。
駆血帯を入れた後5分くらいで痺れるような嫌な痛みが起こるんですけど、データを後からみると、そこの時間帯に神経活動磁界がぐっと増幅し、その後に減弱して触圧覚の感覚鈍麻という時間帯に移行することに気づきました。
痺れ感が起きた時の増幅っていう現象が磁界で証明できた。
磁界って空間に発生するので、神経周囲組織の不均一性の影響を受けないのです。
例えば皮膚の表面から計測した電位は、神経からの距離が遠くなるにつれて信号が小さくなる。
逆に神経に近いところで計測すれば、その分だけ信号は大きくとれるんです。
つまり、神経からの距離や間にある筋肉や皮下脂肪などの影響を受けて変化しちゃうんです。
磁界計測は空間に発生するので、他の組織の影響を受けにくく、神経内の信号をピュアに推定できる。
この研究では痺れに連動して神経の活動変化が起きているのを高精度に証明できたというので興味を持っていただけたのかなと思います。

── 磁界計測って馴染みがなかったのですが、よくわかりました!

#02に続く

こちらの記事は2022年2月にQuotomyで掲載したものの転載です。