
【#01 川口善治先生】富山から世界へ
本編に登場する論文
A functional SNP in CILP, encoding cartilage intermediate layer protein, is associated with susceptibility to lumbar disc disease
Shoji Seki, Yoshiharu Kawaguchi, Kazuhiro Chiba, Yasuo Mikami, Hideki Kizawa, Takeshi Oya, Futoshi Mio, Masaki Mori, Yoshinari Miyamoto, Ikuko Masuda, Tatsuhiko Tsunoda, Michihiro Kamata, Toshikazu Kubo, Yoshiaki Toyama, Tomoatsu Kimura, Yusuke Nakamura, Shiro Ikegawa
Nat Genet. 2005 Jun;37(6):607-12. doi: 10.1038/ng1557. Epub 2005 May 1.
── 川口先生、よろしくお願いします。
まずは学生の頃に整形外科の道を選んだエピソードから教えていただけますか?
そうですね、いくつか理由があります。
まず、外科系をやりたかった。
その中でも、患者さんが自分で愁訴を持ってきて、それに対して外科治療から保存治療まで色々できることがいいかなと思って、整形外科を選びました。
当時の教授でいらっしゃった辻陽雄先生が非常に尊敬できる先生だったことも大変魅力でした。
あとは、食いっぱぐれがないというか、老若男女の方が関わるし、当時から高齢化社会が来ると言われてた。
将来、必ず運動器疾患が問題になると思っていたのですね。
── 凄い、時代を読んでらっしゃったんですね。
そんな大したものではないですが、整形外科医は大学にいてもいいし、開業医になってもいい。
そういう意味で潰しが効く診療科で、そこそこやっていけるかな?っていう感じがあったのです。
── 富山育ちの川口先生は迷わず富山大学の医局に進まれたのですか?
あまり外に行く道理がなくて、ずっと富山ですよ。
1年間だけ長野県立須坂病院という関連病院に2年目の整形外科医として行ってきました。
その後は1990年に大学院に進みました。
── 大学に戻る頃には専門を脊椎に決められてるのですか?
ほとんど脊椎の先生ばかりに教わったし、辻先生が教授だったから脊椎以外は考えなかったですね。
1993年に富山で脊椎外科学会(現:脊椎脊髄票学会)をやることが決まっていたので、教室が脊椎にどんどん特化しているような状況でもありした。
大学院に戻る医局員には背骨のテーマが与えられていました。
── 大学院時代の研究テーマは何だったのでしょうか?
「腰椎後方手術後における背筋損傷について、実態とその予防策」というテーマを頂きました。
患者さんの筋肉を取ってきて染色したり、レトラクターに圧力センサーをつけたりて、ラットを使った高圧迫群と低圧迫群の比較をしていました。
その後の時系列で筋肉にどういう変化が起きるのかを見ることができるんですね。
実験のやり方がわからなかったので、凍結切片の作り方とか切り方とかを習得するために国立精神神経センターに行きました。
2週間ほど泊まり込んで教えてもらってできるようになり、富山に帰って夜な夜な研究していました。
この研究はしばらく続けていて、例えばmultiply operated back の患者さんの筋肉は神経原性変化が起こりdenervation(脱神経所見)があるとわかった。
人でもラットで見たような所見が同じように言えて、2つ論文を書くことができました。
シンプルな研究計画でしたし、結果も分かりやすかったからか、国際腰椎学会日本支部奨励賞、日本整形外科基礎奨励賞を頂きました。
── 素晴らしいです!

── その後にスウェーデンのイエテボリ大学に留学をされています。
教室としてイエテボリ大学にツテがあったのですか?
3年前ぐらいに留学していた先生がいまして、その先生を通じて学会でイエテボリ大学の先生と知り合ったのですね。
留学希望を伝えていた辻教授から「どこに行くつもりだ?」と言われて、たまたまイエテボリ大学しか知らなかったから「スウェーデン行きたいです」と返事しました。
「スウェーデン人は8月になると夏休みで遊ぶから、その前に帰国しなさい」ということで、1994年10月から行って翌年夏に帰国しました。
留学先での研究も筋肉の仕事で、豚を使ったレトラクターの展開圧を定量的に測定したり、筋内圧を測ったりしていました。
レトラクトされた筋肉は、レトラクター近く10mmくらいは変性してしまうのですが、20ミリ離れていると大丈夫だった、ということで論文を書きましたね。
もともと豚の馬尾を研究していた留学先だったので、豚を使って研究できればと思っていたのですよ。
留学時に上原財団ポストドクトラルフェローシップを頂いたので、報告書を作るのに論文は1つ書かなければいけないと思っていました。
── しっかり結果をだされて凄いですね。
帰国後の1996年に日本整形外科学会基礎奨励賞もとられていますね。
それもスウェーデン留学時の研究ですね。
研究以外にも、とにかくヨーロッパはなかなか行けないから、留学中は旅行にたくさん行きました。
部屋にヨーロッパの地図を張って、行った場所を丸つけていこうと。
金曜日は仕事が終わったらすぐに飛行機に乗って、週末は各国で遊んで日曜日の夜に帰ってくる、とか結構ヨーロッパの小旅行をやってましたね。
あの頃はタフでしたね。
ちょっと飛行機に乗れば全く違う文化の国に行けるヨーロッパは非常に面白かったですね。

── 帰国後、1998年に初代教授の辻陽雄先生が御退官され、木村友厚先生が教授になられました。
そうですね。
その頃は遺伝子の研究ができるようになって、私は椎間板の遺伝子を取りたいなと思っていました。
大学生を対象に腰椎MRIと血液のデータを取って、DNA抽出してPCRやってという研究をしていました。
もともと教室として椎間板研究はずっとやっていて、Oxford 大学のJill Urban先生の下に先輩も留学していて、大学院研究の中で椎間板チームがありました。
自分は椎間板チームではなかったのですが、1999年頃には椎間板ヘルニアが起こりやすい体質があるということが言われていたので、疾患感受性遺伝子があるのではないかと思っていたのですね。
それでDNAを調べていたところに、理化学研究所の池川志郎先生と知り合いになった。
それで、皆で椎間板のDNAを集めようということになって、慶應義塾大学の千葉一裕先生や京都府立大学の三上靖夫先生たちと一緒にやることになりました。

椎間板変性の評価できるMRIを撮って読影するのは私たちで、池川先生のところにDNAだけ持っていき解析してもらいました。
そこで、いくつかの候補になるような遺伝子をピックアップして、SNPをみてケースコントロールスタディしていく。
当たりを見つけてファンクショナリスダディやって、それで椎間板ヘルニアがどうして起こりやすいのかを議論して、論文にしていったという時代ですね。
後輩の関庄二先生が、大学院生で池川先生のところに行って、椎間板の遺伝子をCILPという軟骨の中間層にある蛋白が椎間板変性になりやすい可能性があるとつきとめて、Nature geneticsに2005年にアクセプトされています。
── 凄いですよね!
よく頑張ったのだと思います。
#02に続く
こちらの記事は2022年3月にQuotomyで掲載したものの転載です。