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外科系医師に開かれたオンラインでの研鑽場所

【#02 讃井將満先生】日本の集中治療への想いから帰国

本編に登場する論文

Effects of arginine vasopressin during resuscitation from hemorrhagic hypotension after traumatic brain injury
Yukihiro Matsuyama, Kazuhiro Chiba, Hisashi Iwata, Takayuki Seo, Yoshiaki Toyama
J Neurosurg Spine. 2018 May;28(5):499-511.

Comparison of the efficacy of three topical antiseptic solutions for the prevention of catheter colonization: a multicenter randomized controlled study
Hideto Yasuda, Masamitsu Sanui, Takayuki Abe, Nobuaki Shime, Tetsuya Komuro, Junji Hatakeyama, Shohei Matsukubo, Shinji Kawano, Hiroshi Yamamoto, Kohkichi Andoh, Ryutaro Seo, Kyo Inoue, Eiichiro Noda, Nobuyuki Saito, Satoshi Nogami, Kentaro Okamoto, Ryota Fuke, Yasuhiro Gushima, Atsuko Kobayashi, Toru Takebayashi, Alan Kawarai Lefor 22; for Japanese Society of Education for Physicians and Trainees in Intensive Care (JSEPTIC) Clinical Trial Group
Crit Care. 2017 Dec 21;21(1):320.

── 米国臨床研修を経験したい日本人にとって、いつ渡米するのがベストなのでしょうか?
日本で技能を身につけて、フェローから入り、そしてレジデントに戻るのが良さそうでしょうか?

ひとつの道でしょうね。
特に最初の1年は英語が上手くても異なる環境に慣れるのに苦労すると思いますし、そういう意味ではオススメです。
しかし、私の経験では、1年間程度一緒にやっただけではスムーズに同僚と会話するのはなかなか難しいと感じました。

── レジデント期間の4年間はモチベーションを保つのが難しかったりするのですか?

日本でもやっていたため、仕事面では特に新しいこともないかもしれませんが、日米の医療システムの違いなどを観察して、麻酔以外のことで色々と刺激を受けました。
あとは、当初から自分が極めたいと思っていた集中治療の研修も麻酔の合間にさせてもらうことができました。
レジデントの臨床面での仕事はルーチン化してしまうのですが、そういう集中治療に顔を出すことで補ったりしていました。
臓器移植麻酔の仕事そのものは、心臓麻酔で経験したことをそのまま使えることも多く、そこまで難しいことではありませんでした。

麻酔科レジデントの1年目に内科・外科・小児科などの麻酔以外でインターンをすることになっていて、私は小児科を選びました。
この時期は、これまでの人生で一番辛かった1年間でしたね。
当直では1晩で多いときに7人くらい入院させたり、両親の対応をしたり、溜まっていくサマリーをこなしたりとなかなかハードでした。
サマリーは自分で書くのではなくて、電話をして会話から文字起こしをしてくれる方がいるシステムでした。
ですが、最初のうちは英語がなかなか通じず、3分の1くらいは空欄で返ってきてしまっていました。
そのため、自分でもう1度書き直して提出せざるを得なくて、、、2度手間になっていましたね。
慣れないことが多くて色々と苦労した1年間でした。

── 大変そうです。。。

麻酔科レジデンシーの最後の学年は、リサーチやプレフェローシップなど、比較的自由な選択が許されていて私は心臓麻酔研修とリサーチを取りました。
この頃に、私と同じように自由選択期間でリサーチを選択した外科レジデントの先生と協力して、ブタを用いた出血性ショックモデルを用いた研究を行いました。
日本では基礎研究の経験がなく、アメリカへ行って麻酔科レジデント4年目に初めて取り組みました。
最初の1ヶ月はカテーテル類を入れたり、モデル作成に苦労しました。
しかし、それ以降は、大型動物のためマウスなどに比べて臨床に近い感覚で扱うことが出来たので実験はやりやすかったです。

── レジデント時代を振り返るといかがですか?

全体としては給料面も恵まれ、家族との時間も取ることができた充実したレジデンシーでした。
このままアメリカで一人の臨床医として一生やっていくのも良いかなとは思っていました。
しかしながら、同時にアカデミックポジションを取って上に登っていくということには、大きな壁を感じていました。
どんなに英語が上手くなっても、ネイティブが激しく議論している中に割って入って、相手を説き伏せるまでのレベルに到達するには、相当な実力が求められる。
そんなことを考える中で、日本に帰国すると日本の元気のなさが目についたり、集中治療を取り巻く環境が変わっていないし、真の集中治療専門医と呼べる医師が育っていないことに気づきました。
自分がアメリカで学んだことを持ち帰って、日本での集中治療をより良くできたらいいなと思うようになりました。
また、家族もアメリカに永住することには抵抗があったため、集中治療フェローシップを1年間やったあと、2005年に帰国するという選択をしました。

── 帰国後に日本集中治療教育研究会(JSEPTIC)を設立されています。

日本で集中治療の認知度を上げて最終的には患者さんの役に立ちたい。あるいは集中治療を一生の仕事にしてくれる医師を増やしたいという想いで、聖マリアンナ医科大学救急医学教授の藤谷茂樹先生、亀田総合病院集中治療部部長の林淑朗先生と三人でJSEPTICを発足しました。
最初は教育面を頑張ろうということで、セミナー主催したり、INTENSIVIST(メディカル・サイエンス・インターナショナル社)という集中治療のレビュー雑誌を発行するような活動をしていました。
藤谷先生も私も米国での臨床研修を通してEBMを叩き込まれてきましたので、日本からのデータを用いたエビデンスを出していかなければ今後世界と戦えないという考えに至りました。
そのため、 JSEPTICのなかに臨床研究グループを設立して、やる気のある若い先生方に声をかけて多施設研究を行うようにしました。
Prematureな研究だったかもしれないのですが、血管カテーテル挿入時の消毒の比較研究を行うためにRCTを取り組んだりしました。
それまで、日本では集中治療領域の多施設研究はJSEPTIC以前にはほとんど存在していなかったんです。

── 素晴らしいですね。
先ほどのRCT論文は興味深いですね。

先ほど、Prematureと言ったのは、症例の割り付け方や統計家の先生との協力関係という点で、質の高いRCTというには不足していた点があったのですね。
そこをレビュアーにもつかれまして、目標としていたジャーナルには掲載されなかったのです。
その点は残念だったのですが、日本の臨床現場で働く医師にとって意味のある論文になったかなと思います。
海外では「クロルヘキシジンが良い」という一定の見解が固まった臨床疑問だったのですが、日本の場合はクロルヘキシジンよりもポビドンヨードが主流であったという背景があります。
また、クロルヘキシジンの濃度や組成に関して、日本で実際に使えるものがポビドンヨードと比較してどうかはわかっていなかったのですね。
そこが知りたいというモチベーションで始めた研究です。
日本の医療従事者にとっては、クロルヘキシジンを臨床上推奨する根拠になる論文が出せたと思います。

── 日本の臨床家の役に立つ論文ですね!

#03に続く

こちらの記事は2022年1月にQuotomyで掲載したものの転載です。