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【根尾昌志先生 #03】ガイドラインを守るのではなく作る

本編に登場する論文

O-C2 angle as a predictor of dyspnea and/or dysphagia after occipitocervical fusion
Masahiko Miyata, Masashi Neo, Shunsuke Fujibayashi, Hiromu Ito, Mitsuru Takemoto, Takashi Nakamura
Spine (Phila Pa 1976). 2009 Jan 15;34(2):184-8. doi: 10.1097/BRS.0b013e31818ff64e.

Percutaneous ultrasonographic evaluation of the spinal cord after cervical laminoplasty: time-dependent changes
Yoshiharu Nakaya, Atsushi Nakano, Kenta Fujiwara, Takashi Fujishiro, Sachio Hayama, Toma Yano, Masashi Neo
Eur Spine J. 2018 Nov;27(11):2763-2771. doi: 10.1007/s00586-018-5752-4. Epub 2018 Sep 7.

── 上位頚椎手術は術者が注意すべき点がたくさんあると思います。
そのうちの一つとして知られるようになったのが今回の論文のO-C2角だと思います。

上位頚椎手術後の嚥下困難はまれにあることだと思います。
頚椎を不適切に固定すると嚥下困難などの症状がでるというのは、今でこそよく知られていますが、、、私が初めて経験した症例はO-C2を固定しただけで術後の窒息をきたしました。
私が今までで最も困った症例です。
その時に、群馬脊椎脊髄病センターの清水敬親先生から御助言いただきまして、「頚椎固定術後の嚥下困難は上位頚椎が決めるんだよ。だって、術後嚥下困難で困って俺のところに来る患者さんはみんな上位頚椎の固定位置が良くないよ」って。
なかなか理解できなかったのですけど、再手術をしてみたら窒息に関してすごく良くなった。O-C2固定術後に窒息し、固定アラインメントを直したらそれが治ったという内容だけでSpineに症例報告で採択してもらったことからわかるように、その頃はよくわかっていなかったのです。
それで、色々調べていたらこんな単純なことに誰も気づいてなかったんだな、ということがわかったのです。

── 先生が経験された窒息をきたした患者さんは、具体的にどんな臨床経過だったのでしょうか?

まず、手術してる最中には術野を展開しやすいように上位頚椎を屈曲して体位をとります。
その症例では、一緒に手術に入ってくれていた下の先生が固定する時に「ちょっと上位頚椎を屈曲し過ぎじゃないですか?」って言ってくれたのですね。
でも私は「これで何か悪いことが起きるのか?」と思っていて、メイフィールドを緩めて後頭骨の位置を直す方が怖かった。
その患者さんは術後に抜管された途端に窒息し再挿管となったのですけれど、それでも私はあまり気にしてなくて、、、長時間手術だったから咽頭が腫れているからだろうなと思ったのです。
術後二日目ぐらいに、腫れが引いただろうと思って抜管したのですが、やっぱり息苦しいと。
様子見てたら、その抜管翌日にまた窒息してしまって、、、これはICUにいたから再挿管できて助かったのですけど、もうにっちもさっちもいかなくなっちゃった。
それで、関西の時々顔を合わせる先生方に聞いたりもしたのですけど、誰もやっぱり答えられない。
その頃の常識では、ハローベストをつけてそのポジションで嚥下困難がないことを確認して、ハローベストのまま手術体位をとる。
それによって嚥下困難を防ぐという考えが一般的でした。嚥下困難の原因まで踏み込まない、ある意味実践的な方法でした。
あとは、術前嚥下障害のない状態で側面から首のマクロ写真を撮っておいて、手術中にその姿勢を再現する、とか。
でも、肉眼的にO-C2角の変化はほとんどわからないのでこの方法は役に立ちません。
ハローベスト装着下でも上位頚椎アラインメントは結構変わりますから、ハローベスト付けたまま手術しても窒息が起こる時は起こる。

── 未知のことが多かったのですね。
その患者さんに再手術するのも勇気がいると思います。

再手術を嫌がっておられたので、一番簡単な方法を選択しました。
つまり、C2椎弓根スクリューのセットスクリューを緩めて、後頭骨とC2の距離をできるだけ縮めて(といっても1cmぐらい)締め直しただけです。
清水先生のアドバイスがありましたが、やっている方も半身半疑でしたので、あまり大きな再手術はしたくない。
結果は本当に魔法みたいで、窒息はなくなりましたね。たった1cm縮めただけなのに、、、
見た目には何も変わってないし、こんなことで何で良くなるのかなと、結果を見ても完全には信じられませんでしたけど、、、確かに良くなったのです。

── 今回の論文のお話を伺いたいと思います。
後頭骨頚椎固定術した患者さんの中に術後嚥下困難をきたしている患者さんがけっこういた、というのも発見ですよね。

これもまた反省したところですが、カルテを調査すると看護記録に書いてあるんですね。
看護師は自分が手術するわけではないから、患者さんの色々な訴えを同じ重さで受け止めてるので。
我々だと患者さんに飲み込みにくいと術後に言われても固定とは関係ないと思っていて聞き流してしまう。術中の挿管と関係あるかなと思ったくらいです。
神経症状はどうなったか、そういうことばかり気にしていたので、患者さんの言うことに十分に耳を傾けてなかったのだろうと本当に反省させられました。

── この論文で調査されたO-C2角は、術後嚥下困難/呼吸困難に関連するものだろうと、もう当たりをつけておられたのでしょうか?

Spineに報告した一例から、おそらくそうだろうと思っていました。
症例報告をした後、ペンディング期間があったのです。
下の先生にこれ調べてみてよって言ってたのですけど、あんまり調べてくれる人がいなくて。
しばらく経ってから宮田誠彦先生が独自に調べてくれて、調べたらO-C2角の術前後の変化と術後嚥下困難の間に素晴らしく綺麗な関係が得られた。
彼がやってくれなければ、闇に葬られていたトピックかもしれませんね。

── その後に森實一晃先生が出されたO-EA角の論文も登場します。

そうですね、その論文に至る経緯を話します。
宮田先生と同時期に、当時松戸市立病院にいた安宅洋美先生が睡眠時無呼吸とO-C2角が関係するという基本的には我々と同じ現象を研究をされていて、彼女にも随分教えていただきました。
O-C2角が変われば気道が狭くなって睡眠時無呼吸だったり、酷い時には嚥下障害や窒息ということが起こる、ということがだんだんわかってきた。
ところが、別の病院から上位頚椎手術後の嚥下困難の相談が来るようになった中に、2例くらいO-C2角が手術前に比べてそんなに小さくなってないのに嚥下困難を起こしておられる患者さんがいました。
O-C2角以外にも何か原因があるのかな、ということをずっと考えていました。

ずっと考えていて、ある時に気がつきました。
環軸椎関節亜脱臼を整復すると、O-C2角が変わらなくても下顎が頚椎に対して下がる(下顎と頚椎が近づく)ことになります。
整復するときにC1を下げると連動して頭蓋が後ろに下がり、頭蓋が下がると下顎が下がりますから。
それは1cmもないぐらいの小さな変化なのですけれども、それで気道が狭くなる。さらに、気道の狭窄は下顎後退の指標にすぎず、下顎後退そのものが嚥下困難の本質であることもわかってきました。
実際調べてみるとちょこちょこありまして、例えば、下顎前突症に対して骨切りをして下顎を下げる形成外科分野の手術があるのですが、それで睡眠時無呼吸が起こった、という報告もあります。
つまり、下顎を下げるのは良くない。
ということで、O-C2角と下顎の後退について考えてみて、O-C2角を何度変化させると下顎がいくら下がるか調べたのですが、それはばらつきが大きく明確な結論が出せなかった。
そこでO-C2角と環軸関節亜脱臼の整復に伴う下顎後退の両方を含んだ良い上位頚椎アラインメントのパラメーターがないかなぁということで探していて、あの森實先生の論文になったのです。
私はこの論文の時はもう京都大学にいなくて、竹本充先生が引き続き同じテーマでやってくれていて森實先生の論文が生まれました。

── 根尾先生が見つけた課題をさらに昇華してより良いパラメーターを出してくれてるって良いですね。

そうですよね、よく繋げてくれたなぁと思います。

── 京都大学から大阪医科薬科大学の教授にご就任されて、意識したことがあれば教えてください。

特別にはないですけど、自分が思ってることを正直に言うこと、ぶれないこと、ぐらいですかね。
就任当初は教室のカラーの違いに非常に驚きました。
大阪医科薬科大学(当時大阪医科大学)は、基本的には臨床に重きをおいていて研究はあまりしていませんでした。
京大に比べると皆さん、とても人当たりが良くて臨床的には器用でパっと何でもできてしまう。
患者さんとのコミュニケーションも上手でトラブルが少ないですね。
逆に、研究ということに関しては英語論文を書くという文化がなかったので、最初は戸惑いました。

── 教室のホームページを見ると、臨床は「高度で先進的かつ安全な医療を提供すること」を大切にすると書いてあって、他に研究と教育にも言及されています。
研究には「医師や医療の底上げをする理論を構築していくこと」と。

これは私の考えです。
そういう感じでやっていこうと教室員に言って、それから9年経ちますけども随分変わってきた印象です。
教育に関しては、非常に皆さん優しいし、できなくても怒らずに上手いこと教えてあげることが元々できていました。
ただ、「教わってきたことをそのまま言われた通りにやることが大切」、そういう考え方が少し強い印象でした。
教育は毎回同じように教えていくということですし、臨床もある程度はこうやっていれば良いってものがあります。
それに対して、研究とは全く新しいことをやることです。
大学っていうのは「ガイドラインを守るところじゃなくて、ガイドラインを作るところなんだ」みたいなこと言ったんですね。
みんな、目から鱗だったみたいです。

── 研究にも精力的に取り組まれるようになったのですね。
今回の超音波の論文はどういった経緯で誕生したのでしょうか?

京都大学では超音波ってそんなに使ってなかったのですけど、大阪医科薬科大学は凄くよく使うのですね。
新生児の股関節の検診も超音波ですし、外傷症例で腫れている時とか全部超音波を当てる。
日本整形外科超音波学会でも何人もの大阪医科薬科大学の同門が会長をしてるんですね。
ただ、唯一あまり使ってなかったのが脊椎分野で、術中の脊髄の除圧の具合を見るぐらいしかやってなかった。
だから何か超音波でできないかな?って考えていたということです。

京都大学時代から20年くらい、スーチャーアンカーを用いて頚椎椎弓形成術をやっていたのです。
これはもう簡単だ、ということで、それ以上の理由はありませんでした。
すると、後方にスペーサーを設置しないので、もしかしたら超音波で除圧後の脊髄が見えるんじゃないかって。
弘前大学からそのような論文が出ているのを見つけたのもあって、この研究を始めたのです。
他とは違うことやろうっていうのは、私が来てからの1つの目標だったので、これは面白いと。
この論文を書いた中矢良治先生は2017年のCervical Spine Research Society-European sectionでアワードを取りました。

このことが大阪医科薬科大学脊椎班の研究のモチベーションを上げるのに大きかったと思います。
国際学会でアワードがもらえるような研究ができるんだって、実際貰ってみて、無意識に自分とは関係が無いと考えていたことが、自分の心に初めて実感として入ってくる。
そういう意味で、うちの脊椎班にとってターニングポイントとなった論文ですね。

── 素晴らしいですね。
先生が教授になられて、研究マインドを持つようになって、結果も出している。教室はどんな雰囲気なんでしょうか?

脊椎班も含め教室の雰囲気は良いですし、若くなりましたよ。
脊椎班ではこの論文を書いた中矢先生と藤城高志先生が同級生で、平成18年卒ですかね、私の下でグループを率いてくれています。
彼らは、私が最初に引き受けた脊椎班の大学院生。
若いのでフレキシブルで、私の考えに沿って新しいことをやってくれている。
さらに後進の先生にも自分たちで考える若い世代が出てきていて、嬉しいです。

── 大学院生の研究テーマは与えているのか、それとも自分たちで考えてやってもらっているのか、どうでしょうか?

大学院に入る時、各専門に別れるのですけれど基本的には個人の希望を尊重しています。
今までどの班に行きなさいって言ったことはないのですが、それでも上手いこと色んな分野に分かれてくれています。
その専門班によって色々カラーはあるのですけれども、脊椎では大まかなことは決めても、あとは自由にやってもらっています。
彼らが自分で問題を見つけ論文になりそうかどうか、というのを考えながらやってると思います。

── 例えば、先生は京都大学時代に教室からAWガラスセラミックのテーマを与えられました。
上手くいった研究には二つパターンがあるのかな、と思っています。
歴史ある教室で研究室のテーマがあって、それに沿った研究をしていったパターンと、割と自由に研究テーマを決めることができて自分で切り拓いていったパターン。
どちらが良いのでしょうか?

京都大学では、私は言われたことをやりましたけど、そうではない人たちも多くいました。
海外に行く人も多くて、自分でテーマを持ってきたり、自分で勝手に他の教室に飛び込んで研究を始める人もいて、そういう意味ではエネルギッシュでしたね。
こちらでは、みんな素直なので、最初のうちは与えられたテーマで進んでもらった方がいいのかもしれません。
でも、最初はそうしてたのですが、だんだん自分たちでやるという意識が醸造されてきています。
私にとっては、嬉しいことです。
でも、やる気がある人は大体どういうパターンでも上手くいきますよ。
もちろんやる気だけあっても考えないと駄目ですけど、やる気がない人は結果が出ないっていうのは一致しています。

── 根尾先生、ありがとうございました。

こちらの記事は2021年6月にQuotomyで掲載したものの転載です。