手術室でも医局でもない、
外科系医師に開かれたオンラインでの研鑽場所

大阪市立十三市民病院 林和憲先生

[Author's Talk]

素晴らしい論文が認められた、学会主催アワードの受賞者たち。研究アイデアはどこから得られたのか。論文化のために、どのような工夫をしたのか。それぞれの先生に、受賞に至るまでのプロセスをインタビュー。語られる内容に、受賞のヒントが隠されているかもーー。今回はUJA論文賞を受賞された大阪市立十三市民病院 林和憲先生に、論文の内容とpublicationまでをお話を聞きます!

登場する論文

Prediction of satisfaction after correction surgery for adult spinal deformity:Differences between younger and older patients

── 早速、自己紹介と論文の内容の共有をお願いします。

フランス・ボルドー大学のObeid先生のところに行った時に書かせていただいた論文です。
ESSGというヨーロッパの6カ国からなる成人脊柱変形(ASD)手術後のデータベースから書かせていただきました。「Prediction of satisfaction after correction surgery for adult spinal deformity:Differences between younger and older patients」とタイトルの通りですが、ASD手術後の患者満足度因子に関わる若年群、壮年群、老年群の違いを研究した論文です。

私は平成19年大阪市立大学卒で、平成30年に同大学大学院卒です。大学院在学中に3カ月間、Rajasekaran先生のところにAO spineのフェローとしていかせていただきました。その後、大学院を卒業してボルドー大学のObeid先生のところに1年間行かせていただきました。平成31年から大阪市立十三市民病院の現職です。

論文の背景としては、ASDは患者のHRQoLに深刻な影響を与えます。ASD矯正手術の目的は色々あります。疼痛の軽減や身体機能回復、自己イメージ向上、メンタルヘルス改善など色々ありますけれども、これらを全部ひっくるめて"Patient satisfaction with management'(患者満足度)の因子です。高い患者満足度を得ることがASD手術のゴールの1つであると言えます。

ASDの術後の患者満足度と関連する色々な報告がされています。SRS-22R自己イメージサブドメインや腰痛の軽減、術前メンタルヘルス、再手術など色々あるんですけど、問題点としてはこれらの発生病態や患者の年齢層がさまざまで、一体どの要素がそれぞれの患者満足度にどの程度関わっているのか、最も重要な因子がどれなのかは分かっていません。

本研究の目的は、ASD手術2年後の患者満足度に最も関連する因子を若年群、壮年群、老年群に分けて検討し、その違いを明らかにすることです。方法としては、European Spine Surgery Group (ESSG)のデータを用いた後ろ向きの観察研究。4椎間以上の固定術を受け、2年時フォローを終了した422例。40歳未満の若年群が119例、40〜65歳未満の壮年群が155例、65歳以上が148例です。

患者満足度はSRS-22RのSatisfaction with management サブドメインで評価していまして、5点満点で4.5点以上が高満足度群、4.0点以下が低満足度群としています。各年齢層別で、高満足度群vs低満足度群の単変量解析を行い、これらのデータを参考に、AUCが最大となるロジスティック回帰モデルを抽出して、傾向スコアマッチング法によって結果の確認を行いました。

結果としては、まず若年群の単変量解析でみると、患者満足度とHRQoL全てのサブドメインが関連していて、どれが大事なのか分かりませんので、HRQoLに関しては満足度のスピアマン相関係数をみて、高いものを抽出しました。

この結果から脊椎手術の既往とか合併症、術後2年時の矢状面パラメータ、HRQoLでは「社会生活」や「自己イメージ」の相関が高いことが多変量解析における説明因子の候補に上がりました。

これらをもとに若年群の多変量解析は9通り行い、その中でも最も高いAUCを得たモデルからみますと、脊椎手術の既往が0.27、合併症が0.34、自己イメージが16.97となり、少ない脊椎手術の既往と合併症、高い自己イメージが患者満足度高値と関連していることが分かりました。

非常に興味深いこととしては、若年群に関しては画像パラメータは選択されませんでした。

一方で、壮年群です。同様に進めて、神経関連合併症や再手術、矢状面パラメータの改善度、HRQoLでは「疼痛」や「自己イメージ」などが多変量解析の候補として上がってきました。これらの結果をもとに12通りの多変量解析を行った結果から、少ない神経合併症と再手術、大きなSVAの改善、術後2年での疼痛の少なさが高い患者満足度と関連していることが分かりました。

同じように老年群です。老年群はインプラント関連合併症や再手術、HRQoLでは下肢痛を除く全てのサブドメインで、若年群、壮年群では下肢痛が関連していたのですが、老年群では多変量解析では下肢痛はあまり関係ないといったところでした。あとは矢状面パラメータの改善度、HRQoLでは「立位機能」や「社会生活」が多変量解析の候補に上がりました。

同様に多変量解析をすると「Imprant-raleted complication / LLI / ODI standing」の AUCが0.833となり、少ないインプラント関連合併症、LLミスマッチの改善度、術後2年の高い立位機能が患者満足度高値と関連していました。

ここまでの結果からみると、果たしてSVA、矢状面バランスの改善が本当に患者満足度につながるのかが今の時点では分かりませんので、傾向スコアマッチングを行いました。壮年群と老年群では画像パラメータが関連していることが分かっていますので、これらの約300例で年齢、脊椎手術の既往、変形の病態(主観)、術前の自己イメージ、術前C7-CSVL、術前SVA、術前GTといったところで傾向スコアマッチングを行いました。

ここまでの結果からみると、果たしてSVA、矢状面バランスの改善が本当に患者満足度につながるのかが今の時点では分かりませんので、傾向スコアマッチングを行いました。壮年群と老年群では画像パラメータが関連していることが分かっていますので、これらの約300例で年齢、脊椎手術の既往、変形の病態(主観)、術前の自己イメージ、術前C7-CSVL、術前SVA、術前GTといったところで傾向スコアマッチングを行いました。

考察としては、ASD手術に踏み切る因子も報告されていて、若年群では自己イメージ低値、Cobb角、PI−LLミスマッチのうち自己イメージ低値のオッズ比が非常に高いので、これがASD手術の決定因子としては最も重要との報告がなされています。ですので、手術での自己イメージの改善が高い満足度につながります。

一方で壮年群、老年群を分けた報告は非常に少ないのですが、機能や疼痛、自己イメージは壮年群も関わっていますが、これらがASD手術の決定因子となることが多いです。ですので、壮年群、老年群に関しては、疼痛改善、機能回復を目指した矢状面アライメントの矯正と維持が理想的なASD手術モデルで高い満足度が得られるということです。

ですので、患者満足度向上の鍵となるHRQoLの因子は、若年群では自己イメージの向上、壮年群では疼痛軽減、老年群では立位機能の回復でした。全年齢層で合併症の予防は重要でありました。40歳以上の例では矢状面アライメントの改善と維持が高い術後患者満足度につながるということが分かりました。

── ありがとうございます。今回の論文のデータはフランスだけではなく、もっと大きな枠組みだと思うんですけど、そのデータにアクセスして手に入れるまでの流れはあるのですか?

ありますね。勝手に研究していいものではないのですが、ASD手術のデータベースに関しては元締めがObeid先生と、Obeid先生の下にいるフランス人のLui先生なんです。Obeid先生とかLui先生に、こんなのしたいんだと英語のスライドを作って話して、その2人が納得されたら、今度は2人がおそらくESSGの会議に持って行ってそこで承認されるという流れです。

ただ正直、研究の開始はObeid先生がOK出した時点で、ESSGには通ることが確定しているので、そこから開始でした。だから論文を書く点で言うとObeid先生のところで働けたのはすごくいいなと思いました。

── ESSGのことは、もともと知っていたんですか?

ESSG自体は知っていましたね。竹本先生の時代からESSGをちょっと使い出していたような感じなので。当然、フランスのことを調べたら出てくるので、僕もこれを使ってやりたいなというのもありました。

── ESSGのデータを日本人が触らせてもらえているのは、これまでに留学されていた先生方の功績でしょうね。

そうですね。留学する時にはパソコンに統計ソフトを入れておかなきゃいけないと思います。これは当然かもしれないですが。

── 論文化までには苦労しなかったんですか?

向こうからすると、実は僕以外のEU出身の人が何人かいて、そういう先生たちはObeid先生以外の先生の助手もやっていました。でも僕はそういうつもりで行ったんじゃなくて、Obeid先生のASD手術に入りたかったのと、研究がしたくて行っているので、結構他の先生の助手をさぼり気味でやってたんです。

僕はObeid先生とLouisi先生の手術には入っていたんですけど、入る手術は決めていたんです。だから結構時間があって研究もしやすいですし、一日中研究している日もあったし。あとは論文書かないとしょうがないしと思って、そこまで苦労はしなかったかなと思います。まあ、いっぱい落ちましたけど(笑)。

やっぱり強い意志を持って留学していますし、やるべきことをやらないとと、しっかり明確にすれば、論文も書きやすいんじゃないかなと思います。日本だとやっぱり、なんだかんだ言って臨床を第一にせざるを得ないですから、僕らは。だからむこうでは、論文はかなり書きやすかったです。

── ESSGのデータは、統計家がいて結果だけ渡されるのか、データをくれて先生が解析できるのか、その辺りはどうでしたか?

データをもらって自分で解析できます。統計家はいますけど、少なくともボルドー大学の統計家はObeid先生が雇っているんです。だから僕がデータを出してと言ったら、あまり何も言わない。統計家からしたら「俺の仕事なくなった、ラッキー」ぐらいにしか思ってないと思います。統計家の名前は書かせてもらうけど、入ってこないのですごくいいです。

── 投稿先は割と決まっているんですか?

いえ、 全然決まってないですね。好きなところ出せという感じでした。もちろんどこに出すかはObeid先生に伝えますが、かなり自由に好きなジャーナルに出していましたね。ただ、僕はESSGで3本の論文を書いていて、これは本当なのか僕の書き方が悪いのか分かりませんが、やっぱりヨーロッパ系の雑誌の方が通りやすかったです。

── 留学の目的を明確にし、3本も論文を書かれていて素晴らしいですね。

── ボルドーに行く話はどのように決まったんですか?

どこで開かれた日整会か忘れましたけど、Obeid先生の前のJean-Marc Vital先生 が教育研修講演か何かに来られていたと思うんです。その内容が面白くて。僕は成人脊柱変形に興味があったので、終わった後に声をかけてお話に行ったんですね。その時、確か大学院1年目で留学先をいろいろ物色していたところだったと思うんですけど、ダメもとで「お前のところに行かせてくれ」と言ったら「いいぞ。その代わり2年待ちだ」と言われたんです。

その時、おそらく京都の竹本先生が帰ってきたか、まだいる時ぐらいで、その後、浜松の吉田先生、大阪医大の藤代先生が行かれて、次が僕だったんです。僕は大学院3年目で卒業させてもらっているんですけど、ちょうどいいやと思って「じゃあ、お前のところへ行くぞ」と言って。その後、医局の方に「フランスに行きたいです」という話を持っていて、行くことが決まりました。

最初、僕はVital先生の方がよく知っていたので、実はVital先生の下に行こうと思っていたんです。けれど、 実際2年後に行ってみたら、Vital先生が定年で退職されておられて(笑)。まあ、おられたんですけど、違う先生がボスとしていたんです。

── 留学を狙っている先生へのアドバイスとしては、2年待ちと言われることもあるし、自分が行きたい年が決まっているなら、あらかじめ逆算して物色しておいた方がいいということですかね。

本当にその通りだと思います。特に僕は、医局には推薦状を書いていただきましたけれども、自分で留学先に声をかけに行っています。自分で行きたいところがある人は、3年ぐらい前から唾をつけにいかないと無理だと思います。

── あちら側の目線で考えると、 枠とかビザ出したりとか色々ありますもんね。

その辺は、フランス人はものすごく適当だったので、ヨーロッパに行きたい人は気をつけた方がいいと思います。もうちょっと後にメールしろと言われてちょっと後にメールしたら、今から準備してもビザ取れないと言われたりとかありますからね。

── 医局には留学の流れがあるラボはありましたか?

毎年行っていたわけではないですけど、UCLAに研究として留学する流れはありました。ただ、それはどちらかというと基礎なので。私は「臨床で留学できたらな」という思いがすごく強かったのです。臨床で留学するだけでなくて、論文も書きたいなというのがあって、もしかしたらボルドーだったらその2つを叶えてくれるんじゃないかなと思ったんです。

── それは先行して留学されていた先生方とコミュニケーションをとって、割とデータを触らせてくれるぞ、みたいなフィードバックを得たんでしょうか?

実は僕がVital先生のところに話に行った時、日本人がそこに行っていることは全く知らなかったんです。おそらくVital先生のところに話に行った後に竹本先生が声をかけてくれて「良かったぞ」と。それで日本人が行ってるんだと初めて知って、ますます心強いなと思いました。

── 日本人が続いていますけど、ヨーロッパ圏外から来る枠があったんですか?

おそらくビザ的な問題なんだとは思います。ヨーロッパって、EUからは制限なしで行けるんだと思います。でも、EU外から行くのがちょっと難しい。単に3カ月見に行くだけだったら行けるんだと思いますけど、やっぱり論文もしっかり書きたいし、手術も見たいとなると、やっぱり3カ月だと足りないなっていうのがあって、ビザ取って行った方がいいと思いました。

── 留学して現地に着いて割と割とすぐに手術入らせてくれたりとか、データを触らせてくれたりしたんですか?

留学して現地に着いて割と割とすぐに手術入らせてくれたりとか、データを触らせてくれたりしたんですか?

その時点で、Obeid先生の手術にはすぐに入らせてもらえました。Obeid先生は実は、すごく日本人が好きで。おそらく竹本先生など前に行っていた3人の先生方が、すごく真面目にやっていたんだと思います。でも他の先生は、なかなか手術に入らせてくれなかったですね。

家探しや銀行口座を作るのが始まって、セットアップが全て終わったのが6月だったと思います。そこからようやく「スタジオアソシエ」という准研修医のような立場でやっていました。そのくらいになると、さすがに他の先生も手術に入らせてくれましたね。

── 憧れていた先生のところで、実際に手術を見させてもらうと、何か新たな気づきとかありましたか?

やっぱり講演を聞くのと実際に見るのとでは全然違いますよね。だから興味があるなら、その違いを見に行く必要はあると思いますし、行って良かったなと思います。講演は大体、良いことしか言わないですからね(笑)。

── コミュニケーションは大変ではなかったですか?

私はフランス語教室に通っていたレベルぐらいで、 手術中の看護師さんとの会話ぐらいはできます。そんなにものすごく難しいものではなくて「これくれ」って言うくらいなので、単語を20個ぐらい覚えたら対応できますし、シチュエーションも決まっているので。

あとは日本の市役所の職員って英語を喋れないですよね。フランスでも、やっぱりフランスの市役所の職員は英語がほぼ喋れないんです。だから、そこらへんの会話もちょっとはできます。

── 論文を3本も出されて、留学中の仕事も注目されたと思いますけど、留学して論文をpublicationしたことで良いことありましたか?

やっぱりUJA論文賞をいただけたことが一番だと思います。あとはASDの研究ですので、浜松の先生に声かけてもらったり、竹本先生と論文について話したりすることもできましたし、人とのつながりは増えたかもしれませんね。

── 今後ASDに関しては、どういう風に考えていますか?

ASDの矯正にもすごく興味はありますが、いざ臨床してみると、特に高齢者は小さな手術でもまずまずいけるという印象を、最近は感じてきています。ショートフュージョンや内視鏡とか、 いろんなところで出していると思いますけど、今はそっちの方で、どれだけいけるのかに興味があります。

今回の論文でのすごく良い知見だと思ったのは、若年群は自己イメージ向上、壮年群は疼痛化軽減、老年群は立位機能回復が患者満足度につながるという点です。これは、全ての脊椎手術に共通することじゃないかなと思っています。

── 日本のプラクティスだと65歳以上が多いです。そうすると目指すところは立位のバランスになりますか?

そうですね。やっぱり立てない人は成人脊柱変形手術をしないとしょうがないと思います、リスク高いですけど。やっぱり立たせて、ちょっと歩かせる。ウォーキングよりも立位の方がだいぶ相関が高かったので、そっちを目指すべきかなと思っています。

── その中でも大きな矯正ではなくて、それを目指せるhowの部分を考えているということですね。

Short fusionもlong fusionも、どっちもすごく大事だと思っているし、最終的には中途半端なfusionが淘汰されていくと思います。だからshortとlongかで、その中でも僕は今shortの方に振れている感じです。

── 数多くの興味深いお話をありがとうございました!