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【根尾昌志先生 #02】教科書が間違っていた椎骨動脈走行

本編に登場する論文

Atlantoaxial transarticular screw fixation for a high-riding vertebral artery
Masashi Neo, Mutsumi Matsushita, Yasushi Iwashita, Tadashi Yasuda, Takeshi Sakamoto, Takashi Nakamura
Spine (Phila Pa 1976). 2003 Apr 1;28(7):666-70. doi: 10.1097/01.BRS.0000051919.14927.57.

The clinical risk of vertebral artery injury from cervical pedicle screws inserted in degenerative vertebrae
Masashi Neo, Takeshi Sakamoto, Shunsuke Fujibayashi, Takashi Nakamura
Spine (Phila Pa 1976). 2005 Dec 15;30(24):2800-5. doi: 10.1097/01.brs.0000192297.07709.5d.

── 大学院とドイツ留学の後は、臨床生活に戻られたのでしょうか?

ドイツ留学から帰国した時は37歳でした。
このままでは臨床ができなくなってしまうなと思い、教授に臨床をバリバリできる病院に行かせてほしいとお願いして日本赤十字社和歌山医療センターに赴任しました。
そこでオールラウンドに整形外科医として臨床全般をやっていました。
二年半ぐらい経った時に大学に戻ってこいと言われて、そこで脊椎外科医を目指すことになりました。

── 脊椎は希望の専門領域だったのですか?

専門性が高くて、手術に重きが置かれる専門領域が良いな、と思っていました。
診断も面白い脊椎は、自分の希望でした。

── 今回ご紹介いただく論文は、high-riding vertebral arteryという椎骨動脈走行に関する論文です。

和歌山にいた時に20歳代の歯突起骨折症例で、前方から骨接合目的にスクリューを入れましたが上手く骨癒合せず、後方からMagerl screwを挿入したことがきっかけです。
その患者さんの術後CTで横突孔にスクリューが入っているのを見て大変驚きました。
幸い何の症状もなかったのですが、教科書通りに手術しているのになぜこんなことになったのだろう、とずっと心の中に引っかかっていたのです。
大学で脊椎をやることになったものですから、和歌山の時にこんなことがあって、と先輩方に聞いてみたのですね。
すると皆よく分からない、なんでだろう、って。
ある時、「そうか、教科書にある通りに椎骨動脈が走行していないんだ」ということを思いつきました。
そこから、high-riding VAについて研究していきました。

── 先生はhigh-riding VAについて多くの論文を書かれていると思いますが、今回の論文はhigh-riding VAがあってもMagerl screwできるぞ、という論文ですね。

これを私が挙げたのは、high-riding VAという言葉はこの論文をきっかけに世界中に広がったんですね。
「high-riding VA」という言葉を私が思いつけるわけはなくて、色んな論文を読んでいる中で「椎骨動脈がhigh-ridingである」というような表現はありました。
何かの論文のfigureに一回だけ「high-riding VA」と一つの言葉で使われたことがある程度だったのです。
格好いいし面白いなと思って論文のタイトルに入れました。
すると、良く知られる論文になった。
内容としては、椎骨動脈走行の理解が深まって、どういうふうにMagerl screw入れたらいいか分かったということで、それをまとめた論文です。

── タイトルやネーミングって、大事なのですね。

今回挙げてませんけど、aiming デバイスを用いてMagerl screwを入れている話題についての論文で最も安全なMagerl screwの経路について書いています。
タイトルは「A safe screw trajectory for atlantoaxial transarticular fixation achieved using an aiming device」なのですけど、aiming deviceってあるだけで興味がある人が凄く狭まってしまったようです。
デバイス使って手術していない人にとっては、もう興味のない論文になっちゃいますから。
今なら、”A novel landmark for the safest screw trajectory for atlantoaxial transarticular fixation”のような少し異なる切り口のタイトルにするかなと思いますね。

── 教科書にも書いていない椎骨動脈走行ということで、アクセプトまでの道のりは大変ではなかったのですか?

ひとりのreviewerは全然わかってなかった。
椎骨動脈が軸椎の中でクランクするような走行をしているとは思っておらず、transverse foramenをまっすぐ上がってくるままに走行するという具合に考えてる。
そのようなレビューだったので、世界のトップでも知らないことがあるのだと印象的な出来事でした。

── そういうreviewerにあたると、返事も難しそうです。

お前はわかっていない!と返事するわけにはいきません、笑
でも、他のreviewerはやはり臨床的に気づいていたようで、面白い論文と評価していただきました。

── 素晴らしいです。
次にご紹介いただく論文も椎骨動脈に関する論文ですが、これは頚椎椎弓根スクリューの話題ですね。

頚椎椎弓根スクリューを入れたら29パーセントも椎弓根から逸脱していたという論文です。
単純な変性疾患だけでなく、リウマチやアテトーゼのような症例も多く含まれていて、今ナビゲーションを使っても難しいような症例にスクリューを入れているということで正直な数字かなと思います。
この論文を出した時に結構色んな人から「よくこんな恥ずかしい論文を出したね」とか、「よく教授が許してくれましたね」というような内容のことを言われました。
でも、そうだから仕方ないなと思ってたんです。
その頃は、北大の鎧邦芳先生が書かれた逸脱率6.7パーセントという数字が頚椎椎弓根スクリュー逸脱のスタンダードと考えられていた時代です。
ところが、その後にいくつか論文が出てきたら、私の論文のような数字が並んでたんですよ。
どういう論文かというと、これだけ逸脱するぞっていう論文じゃなくて、ナビゲーションや新しいdeviceを使ったら正確に入るようになりましたという論文でした。
その新しい手法の比較対照として、以前の方法で入れた際の逸脱率を明らかにしていたのですね。
あれだけボロクソ言ってたけど、みんな逸脱してたのか、と。
印象的だった論文と感じる1つの理由ですね。

もう一つ印象的だったのは、「教授がこんなのよく許してくれましたね」という意見。
中村教授ってのはそういう見栄や体裁を全然気にしない人で自由に発表させていただいたので、すごくありがたかった。
前回の話にありましたAW-GCが臨床的に骨癒合しにくいっていう批判を受けるようになっていた頃のことです。
PLIFをするときに、椎間の片方にAW-GC、もう片方にセラタイトっていうハイドロキシアパタイトとβTCPのコンポジット(混合物)をいれる研究をしたのです。
レントゲンの画像評価で骨癒合に差があるかどうか研究して、AW-GCの方が骨癒合することを期待していましたが、結果は全然差がなかったのです。
中村教授はAW-GCを作った人ですし、教室としてもAW-GCを中心に研究してましたので「こんな研究結果になったんですけど、学会発表してもいいですか」って伺いました。
すると、中村教授は「ソレ本当なんでしょ、そしたら仕方ないじゃない」って仰られた。
中村先生には、非常に自由に、正直にやらせていただいたな、という風に思っています。

あと、頚椎椎弓根スクリュー逸脱の論文に関しては、見ていただいたらわかるのですが三週間という短期間でアクセプトされてる。
「アメリカってすごい。こういう論文をパっと認めるのだから」みたいなこと言っていたら、
誰かに「アメリカだってみんな隠すんだよ。だから逆に正直な論文がアクセプトされる」ということを言われたのもよく覚えてます。

── 先生の論文は椎骨動脈とか頚椎インストルゥメントに関するものが多い印象です。
戦略的に決めていたのでしょうか。

いや、そういうわけではないですけれども、Magerl screwの症例を経験してから、この領域に興味をもちました。
あと、上位頚椎固定の手術って怖いけれど、うまくいくと患者さんが術後結構良くなるんですよね。
興味がある理由は、その辺にあるのかもしれません。

#03に続く

こちらの記事は2021年6月にQuotomyで掲載したものの転載です。