
【#03 石井賢先生】歴史と伝統に捉われない新しいチャレンジ
本編に登場する論文
Contraindication of Minimally Invasive Lateral Interbody Fusion for Percutaneous Reduction of Degenerative Spondylolisthesis: A New Radiographic Indicator of Bony Lateral Recess Stenosis Using I Line
Ken Ishii, Norihiro Isogai, Yuta Shiono, Kodai Yoshida, Yoshiyuki Takahashi, Kenichiro Takeshima, Masanori Nakayama, Haruki Funao
Asian Spine J. 2021 Aug;15(4):455-463. doi: 10.31616/asj.2020.0083. Epub 2020 Oct 19.
── 今回ご紹介いただく論文は、最小侵襲脊椎治療(MIST)に関わるトピックです。
この論文は、自分がMIST手術を執刀している中で気がついていたことを論文にしました。
側方侵入腰椎椎体間固定術(LLIF)の適応外って何ですか?ってよく議論になるじゃないですか?
例えば、血管の走行異常だったり、high iliacだったり。
安静時にも下肢がしびれる症状があるとindirect decompressionではダメだ、とか。
LLIFについては、様々な禁忌や適応注意事項が言われていると思いますが、この論文はすべり症に限った話です。私自身、長い期間ずっとLLIFをやっているので、変性すべり症に対するLLIFやった後の経皮的椎弓根スクリュー(PPS)でのすべりの矯正に関しては、すごく自信があるんですよ。
この論文の中の症例は全部綺麗に矯正できているんですけど、その中では術後に下肢の激痛が生じる症例がいるんですね。
痛み方は、中心性の狭窄による馬尾症状ではなく、神経根症状です。
何が原因かなって最初はわからなかったのんですね。
そういう症例が2-3例ぐらい続いて、画像を詳細にみたり脊髄造影をやったりしながら考えて、やっとわかったのです。
論文内のFig.1に書いたGradingのように、すべり症が長期間にわたっていて、滑ってる程度が中等度以上の症例では椎間関節がエロンゲーションを起こしてくるんです。

Gradeが上がるにつれて、エロンゲーションした上関節突起が伸びてくる。
論文中のFig.1で椎体の後縁に線を引いてインピンジメントライン(I line)と定義していました。I lineは、Ishiiの “I”でもあるんですが(笑)。I lineとエロンゲーションした上関節突起の先端の位置関係を見てみて、当たってるのがGrade 2、超えているのがGrade 3としました。
こういうGrade2や3の症例に対して、すべりの矯正をしっかりすると大変なことになるんですよ。
要するに神経根が挟まれる。
L4/5の場合、L4が挟まれるじゃないかって思うかもしれませんが、実はL5が挟まれます。
── あ、L4ではないのですね。
そうそう。
どこの矢状面スライスで見ればいいかというと、正中や椎間関節正中ではなく椎間関節内縁です。
エロンゲーションが強い上関節突起は内側部が刃物のように脊柱管内へ張り出しているのですよ。
Grade 2-3があったらPPSですべり症を戻す技術が上手ければ上手いほど、激烈な痛みを引き起こす可能性が高いです。
その例が論文中のFig.2です。
これはL3/4すべり症なのですけど、3D 再構成のCT画像が一番分かりやすいと思いますが、エロンゲーションした上関節突起が椎体を超えて中にあるんですよ。
そういう上関節突起は、特に内側の方が本当に刃物みたいな感じになっている。
変性すべり症のCTMの椎間関節形態の分類は、慶應大学整形外科の大先輩の里見和彦先生が提唱された里見分類が広く使われています。
前方固定をたくさんやってる時代に、CTMで椎間関節の形態を分類し、評価されたのです。
上関節突起が下関節突起を囲むようなロッキングしている形態の症例では、前方固定では矯正できない可能性が高く、症状がとれないとSpineに報告されていました。
確かにそうだと思います。
現代はLLIFやPPSという手技が普及してきて、後方から除圧せずにすべり症を矯正できるようになった。
ただ、凄く綺麗にすべりが戻ってるのに激痛を伴うような症例を、手技の上手な先生方は誰しも1例くらいは経験してるじゃないかなと思うんです。
我々が経験した患者さんは激烈な痛みで、再手術した所見では刃物みたいな上関節突起が神経根に刺さっていました。
食い込んでいるので除圧も大変なのですが、そういう再手術の術中所見にも論文では触れています。
── こういう症例には矯正しちゃダメですか?
それとも後方除圧も要するということでしょうか?
PPSのみですべりを矯正できる高い技術を持ったドクターは要注意ですね。
矯正が不十分だとインピンジメントは起きないし、LLIFで椎間高をやたら高くすると矯正しても圧迫にならない。
このように様々な要素がありますけど、通常の高さのケージを用いたLLIFをやって、Grade2-3の症例を綺麗に矯正すると高い確率で起きるので注意が必要です。
この論文は、変性すべり症に対するLLIFとPPS手技において、適応外症例をしっかり術前評価できた意味で、自分の中ではとても印象に残った論文になりました。

── 国際医療福祉大学という医学部新設校の教授に着任された経緯は?
まず、私は小学校から慶應にいますので、母校に愛校心はあるし、慶應大学の整形外科も大好きです。
国際医療福祉大学の教授選当時の私は47歳で、将来的には日本以外にも目を向けて医療を展開できたらいいなという思いが強くあったんですよ。
まだコロナ禍じゃなかったのですけど、日本は超高齢社会に突入して経済的にも停滞ぎみで今後は全体的に診療報酬、手術手技料、インプラントもなかなか高くならないだろう、と感じていました。
日本ではそんな議論がされる中で、医療は欧米が中心に回っている。
ヨーロッパも頑張ってるけれども、やっぱりアメリカ中心なんですよね。
世界的な医療の拠点の1つにアジアが台頭できたら良いな、それが自分の本当にやりたいことではないかと考え始めたのです。
そんなときに医学部ができるかどうかまだ確定していないけれども、国際医療福祉大学の教授選があるから出るか?ってお話を貰ったのですよ。
── まだ医学部が新設させることが決まってなかったのですね。
アベノミクスの国家戦略特区で千葉県成田市に病院ができる。
新設の医学部を作ろうって話だったのですが、色々反対もあったりして、本当に承認されるかは最後の最後まで分からなかったのです。
新設校のためか、教授選は普通のプレゼンテーションじゃなかったですよ。
一期生が入ったときの一番最初の英語での授業をやってください、っていう内容でした。
授業を開始すると、生徒役のネイティブスピーカーたちがバンバン質問してくるのです。その1つ1つに簡潔に回答して、進めるんです。
もちろん臨床経験や業績など様々な点が評価されるのですけど、とてもユニークな教授選プレゼンテーションでした。
実際の一期生最初の授業では、まさかあんなにバンバン質問は来こないだろうと思っていたら、「授業始めるよ」って言った途端に生徒たちはいきなり手を挙げるもんね。
アジアからの学生はハングリー精神が旺盛でアクティブで凄いよ。
── 積極的ですね!
また、その質問内容も鋭くて、非常に優秀ですよ。
あと何年かしたら整形外科に入ってくるメンバーも増えると思いますので、全ての整形外科学会に送り出そうと思います。
彼らにとっても英語はセカンドランゲージなのだけど、本当に上手だから、バシバシ学会場で英語で質問させます。
── 楽しみです!
石井先生が教授という役職になられてから、リーダーとして何か気を付けてるものありますか?
国際医療福祉大学という医学部新設校の良いところを活かしたいですね。
これまでずっと日本にある医学部は80大学に所属していました。
そこから東北医科薬科大学が81番目に生まれて、私たちは82番目です。
創設100年と歴史のあるたとえば東京大学とか慶應大学の医学部には伝統・歴史と共に、同門会という凄く大きな頼りになる組織があります。
こういう歴史的にも重みを持っている大学の医学部教授だったら、実際にはあまり大きな改革はできないと思いますね。
例えば脊椎領域だったら、慶應大学は平林先生の開発された頚椎椎弓形成術をやっています。
それを急に全く新しい手術術式に変えていきましょう!って、そういうチャレンジはなかなか難しい。歴史と伝統というのは多くの先人たちが長い歴史の中で築き上げてきたものですから、それを基盤に発展させていくべきだと私も思います。
多少の修正はできると思いますけれど、ずっと同じやり方でやってきたことをガラっと変えるっていうのは難しいですよ。
時代やコロナ禍における政府や企業、個人の変化への対応を見ていても、同様なんです。
ある意味、新しい事が挑戦できる新設医学部での私の立場は恵まれているんですよね。

教室でこういう風にしたいっていう想いをスタッフに話して同意が得られれば
「はい、それはいいじゃないですか!」
「よし、それでやっていこう!」って話になる訳ですよ。
そういう点がメリットではあるんですけども、一方で注意しているのは、ワンマンにならないようにしなくてはいけない。
教室のスタッフには私より年上の先生も数多くいらっしゃいますけど、どうしても主任教授という立場で私が一番上になるので、勝手に進めていくことができてしまう。
それはよくないので、極力一人で決めないように心掛けています。
「何か運営に関しておかしなことがあったら言ってくれ」って伝えて、スタッフの医師の意見を極力大事にしています。
あとは、やはり自分が先頭に立ってやらなきゃいけないと思っています。
自分で臨床・手術もやっているし、最近は新しい病気とかを見つけたりしました。
今回、何本か論文を紹介させていただきましたけど、おそらく私の一番の業績はこの後に出てくるだろうなって思っています。
そういうところを皆と一緒に目指しています。
── 凄いです!この後にもっと素晴らしい業績がでてくる!
皆と、が大事だと思っています。
日本の先生方だけでなく、アジアパシフィックの先生にも加わってもらうと、凄いパワーになるので。
実際、MISTの話の際にはオールジャパンって言いましたけど、2017年に国際医療福祉大学に来てからはオールアジアパシフィックという言葉を使っています。
皆で新しいことのチャレンジをずっとしていきたいですね。
── 石井先生、ありがとうございました。
こちらの記事は2021年10月にQuotomyで掲載したものの転載です。