手術室でも医局でもない、
外科系医師に開かれたオンラインでの研鑽場所

株式会社カーム・ラーナ 中村順一先生

多くの医療課題に対してソリューションが求められる現代、次世代を切り開くゼロイチドクターが生まれています。この番組は彼・彼女らのビジョンをゆるく深掘りするトークイベントです。今回は携帯型手術台ルキュアと純国産人工股関節ミルフィーをプロダクトに持つ株式会社カーム・ラーナの創業者である中村順一先生に、ゲストに来ていただきました。

── 中村先生、よろしくお願いします!

よろしくお願いします。

── 先生は整形外科の若手の頃から起業を考えていたのでしょうか?

若手の頃は全く考えてはいませんでした。
けれども、心のどこかに、会社とか社長とかって思っているところがありました。
実は小学校の卒業アルバムに将来なりたいものに「大会社の社長」って書いてあったんですよ。

── なんと。ご家族の中で経営者の方がいたとか、自営業されていたとか、そういった環境があったのでしょうか?

父親が建築をやっていたんです。私が中学校くらいの時に、それまで勤めていた会社を辞めて自営で始めたんですよね。
でもそれは、あまりうまくいかなかったんです。
それを見ていたので、やっぱり自分でやるのはリスクが高くて危ないなと思っていました。だから組織に属していたほうがいいなと、そういうつもりでいたんです。
今回、僕がベンチャー企業を作ったのも本当に偶然です。それまで大学の産学共同研究で人工関節に関するものづくりを始めていたのが形になった。それが機会に恵まれてベンチャーを作るという流れで来ました。自分で切り開いたというよりは、周りに押されたような形で今に至っているというのが正直なところです。

── 会社のホームページを調べると、プロダクトが2つあると思うんですが、会社でやっていることは何か、簡単に紹介してもらえますか。

まず、「ルキュア」という牽引手術台です。人工股関節において、前方法のDirect anterior approach(DAA)、もしくは仰臥位の手術でAntero-Lateral Supine Approach (ALS)というものがあります。そのどちらも仰臥位で手術をするんですけど、術者ではなく助手の先生が下肢を支えることに専念しなくてはならないんです。それから展開が難しい。筋間アプローチで解剖学的かつ侵襲が少ない良い手術ではあるんですけれども、手術の難易度が非常に高い。ですから、ラーニングカーブがあり、従来の手術に比べると合併症が多いのではと言われるんです。

そこで、難しい手術をできるだけやさしく、誰もが手術で良い結果を出せるような、手術支援のデバイスが必要かなと思ってたんです。牽引手術台が1つの解決方法になるだろうと。フランスではジュデーテーブルとかいわれて、牽引手術台を使った人工股関節の手術っていうのがあったんです。ただ、見たことがない人は、全く想像つかない手術だと思うんですよね。骨折の牽引手術台ってあるじゃないですか。ガンマネイルを入れる感覚でステムを入れるんです。だから見たことない人は、ポカンとしちゃうと思います。実際、僕も手術見学に行って、自分の今までの発想がまるっきり変わって凄いなと思ったんです。

ただインプラントの縛りがあって、特定のものに限定されるんです。それがあまり広まっていない原因の1つかなと。
せっかく良い手術支援なのであれば、誰もが使えるような形にしていきたいということで、独自に開発しようというのが発端だったんです。
それが実現できた時に次に始めたのが、「ミルフィー」というツバイミュラータイプのショートステムなんです。
2019年の4月にPMDAに承認されて上市されて3年半になります。
それが市場に出て事業化して、その成果で会社を作ったという流れです。

── まず牽引台の方ですが、携帯型が特徴だったんですか?

そうですね。携帯型のほうが低コストなので。例えば、脊椎分野でもアレン台っていうのがあるじゃないですか。あれは既存の手術台の上に取り付けて、そこに患者さんを乗せて手術しますよね。あのイメージです。

── 医師として企業とのプロダクト開発だったと思うのですが、どういう経緯で始まったのでしょうか。

ご一緒した国内メーカーのサージカルアライアンスさんは、いわゆるR&D研究開発部門がそこまで強くなく、何か新しいものを作りたいときには大学や医師と一緒にやっていかなきゃいけなかったのだと思います。10年前に、30代半ばくらいの若手の整形外科医だった自分に任せてくれて、、、とても感謝しています。その当時、僕も相当プレッシャーでした。何かを創作すること自体は好きなんです。だから任された以上はやはり良いものを作りたいという気持ちで、この10年やってきました。

── その時は会社を設立しようと思われたのですか?

いえ、まだプロジェクトを始めたばかりで、うまくいくかどうか分からなかったんです。とにかく失敗しないで、任された使命・役割を果たして、形のあるものを作ろうという気持ちだけでした。その後に会社を作ろうとまでは全然考えてなかったです。

── 手術台のあとに人工股関節のステムを作ろうという話が来たのは、最初から企業から提案があったのですか?

どちらかと言うと、ステムを作ってほしいという話の方が先だったかもしれません。
医療機器にはクラス分類があって、体内に埋め込む人工関節はクラス3なんです。より深刻なペースメーカーとかになってくるとクラス4です。クラスが上がってくると審査や書類のハードルが高くなるんです。その点、手術台は直接体に入れるものではないから、クラス1なんです。届出さえすれば医療機器として認められるので、先に手術台の製品開発をやっていったのです。それから遅れて2年後くらいから本格的に人工関節を始めました。
日本で医療機器を作ろうとなると、一緒にやってくるパートナー探しが難しいと思うんです。僕が幸運だったのは、自分が作りたいと始まったのではなく、先に企業から作ってくれというオファーが来てアイデアを出すだけでよかったんです。でも、多くの場合は反対です。研究者や臨床の先生方が、自分のオリジナルの何かを作りたいと思った場合に、どこの会社に頼んでも断られて、結局できないっていうことが多いのかもしれません。

── なるほど。パートナーシップを組む企業さんのロードマップに乗ってないと、医者のアイデアも具体化されないということでしょうか?

企業からは年間何症例できるんですかとか、在庫とかの関係で最低ロット数など聞かれます。正直実現が難しい数字だったりすると、医師に諦めさせるために宿題を言っているのかもしれないです。
例えば、何かのプロダクトを整形外科手術で年間1000例使ってもらえますかと言った時に、自分1人じゃ物理的に1000例手術できません。チームを作ってやったとしても、何か1つのプロダクトを1000例の手術で使うってなかなか難しいんです。しかも新しくできたプロダクトが、1年目からそんなに使われるわけないんです。
だから正直なかなか難しい。

── どのタイミングで会社設立をするマインドセットになったのでしょうか?

基礎研究から臨床応用するのが大事で、Bench to Bedsideとか、橋渡し研究とかトランスレーションナルリサーチ、とか言われますよね。実際それを実現できて社会実装されるケースはかなり少ないと思うんですよ。基礎研究の成果が実臨床で役に立つのは、本当に少ない。多くの大学の研究者も、その手前で止まっているんです。
僕の場合は幸いにして企業と協力して社会実装まではいけたんですが、さらに普及させてビジネスというところまで持っていこうとなると、そのままだと難しい。大学の研究者はそこから先には行けないので、限界が見えたんです。だからその限界を突破するには会社を作るのがいいのかなと考えたのです。
普及には、信用とか信頼関係が必要なので、やはり時間がかかります。最初は怪しいと思われますし、何やってるんだろうって言われます。そういうふうに思われるのは仕方がなくて、そこで腐らずに踏ん張ってやっていって、手術件数や成績のデータを公表していくしかない。そこで、ビジネス用語でいうところの「アーリーアダプター」になる人に使ってみようと思われることが大事だと思います。しばらくそういう時期が続くのかと思ってます。

── プロダクトを使った術後成績を学会発表されることもあるんですか?

3年半ほど臨床応用してきましたから、ようやく術後成績を出せるようになってきました。
ミルフィーは人工股関節用に作られたステムですが、少なくとも2年成績は大丈夫だと示せたら大腿骨頚部骨折に対する人工骨頭に使えるかな、となるでしょう。そうこうしているうちに、5年成績が良好なことを報告できれば、人工股関節で使ってもらえるようになるかもしれない。時間がかかることなので、やれる範囲からやっていきます。
医師の多くはコンサバティブな人が多いと思います。もちろん、新しいプロダクトにすぐ飛びつく先生もおられて、そういう人がKOLになったり、学会発表だとか講演されて、新しいものを普及させていく役割を果たすこともあるかもしれません。しかし、大半のドクターは最初に習ったことを忠実に続けている、とか、本当に自分が良いと思えるようになるまではやり方を変えない先生が多いと思います。
逆に言ったら、一度良いと思ってもらえれば、なかなかプロダクトを変えないと思うんですよ。どこかでそういうモードに入っていければなと思っているんです。

── アーリーアダプターの人がいて、そこからマジョリティに行けるかですよね。先生自身はもともとアーリーアダプターだったんですか?あまり変えないタイプだったんですか?

自分自身、基本的にはあまり使用するプロダクトを変えないタイプなんですけど、自分が良いと思って変えたらそう簡単には戻らない。だから新しい何かを取り入れる時には、これを本当にずっと続けられるのか、すぐ止めるものかをちゃんと見極めます。続けられそうなものはやってみようかな、というタイプです。

── プロダクトを普及させていくためにどうしていきますか?

そんなに広告にお金をかけないつもりです。口コミや既知の先生にお願いするとかで、実績を伸ばしていって、そこから学会発表したり論文にまとめるという形で、地道に結果を出すことしかできないです。そういうコツコツやっていく方が良いと言ってくれる医師もいるんじゃないかなと思っています。
何か1つのプロジェクトを成功させるために1番大事なことって、情熱だとか、リーダーというか中心人物の情熱があるかということと、周りの人がその理念やビジョン、ミッションにどれだけ共感してくれるかじゃないかなと思っているんです。
もちろんヒト・カネ・モノがあった方がいいわけなんだけど、それだけではやっぱりダメで、心が大事だと思います。あくまで、自分が純粋な気持ちでやっている姿を見て、良いなと思ってくれる人が集れば一番いいんじゃないかと思います。

── 資金調達など外部資金を入れていく予定はあるのですか?
大学のアカデミア発ベンチャーだと他のスタートアップとの動きは変わるのでしょうか?

起訴トラブルを経験して攻撃を受けたときに対抗できるような体力や防御力があれば良いとは考えています。しかし、相手がグローバル企業なことが多いです。医療機器の世界は、グローバルで戦っていて、日本の中に入ってきている企業にも「日本○○」って名前で本国があることが多い。本国の本社に目をつけられると、一気にやられます。資金面では全然規模感が違うので、同じやり方をしては敵わないと思っています。いわゆるランチェスター戦略という言葉がありますが、結局、大手と同じやり方をしても勝てない。例えば、地域を限定して、そこだけを集中的にシェアを取るというやり方であれば勝てる可能性もありますが、同じように全国展開やるとなったときには、資金力で勝てないと思いますよね。
あくまで、ご当地から先に始めることが、こういうスタートアップやゼロから始める場合には勝ち筋かな、と思っているんです。

── 臨床や大学講師の仕事以外に代表取締役のお仕事もあると絶対ご多忙だと思いますが、どのような時間の使い方をしてるんですか?

大学ではリウマチと股関節のグループのチーフをやらせてもらっていますが、チームのメンバーが非常に優秀でスキル・能力を持っているんです。だから僕は彼らに自由にやってもらって、あまり縛らないようにしようと、そういうポリシーでやっています。臨床能力としては、他にも自分がいるような形でやっていますし、会社のプロダクトに関しても協力してもらえるところは臨床で使用してもらって、この一連のやっていることは大学の研究業績にもなるんです。そういう意味では非常に幸せな環境で楽しみながらやらせてもらっています。

── 最後に、今後の展開や未来のことを少し話していただけると嬉しいです。

医師免許を持って会社を作る医師がすごく増えてるんですよね。それで、自分もすごく励まされる部分があります。起業する人たちが増えてくると、味方が増えたような感じで嬉しく思います。僕の夢は、2つのプロダクトを世界中に広げていき、人工関節で世界で戦えるものにしていきたいということです。そして、それがうまくいったら続くものを作っていきたいなと思っています。僕自身は関節外科だから1番身近なもので人工関節を作ったんですが、これがうまくいって一緒にやろうっていう人が出てきて、例えば脊椎外科の先生と組めば脊椎のペディクルスクリューとか作れるかもしれないし、肩とか膝とか各専門の先生と一緒にやったら今まで世界に出せなかった物を出すという、成功体験ができるんじゃないかなと思っています。そうなれば1番幸せだなと思っています。

── 中村先生、ありがとうございました。