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【根尾昌志先生 #01】AWガラスセラミック研究での頓智

本編に登場する論文

Differences in ceramic-bone interface between surface-active ceramics and resorbable ceramics: a study by scanning and transmission electron microscopy
M Neo, S Kotani, Y Fujita, T Nakamura, T Yamamuro, Y Bando, C Ohtsuki, T Kokubo
J Biomed Mater Res. 1992 Feb;26(2):255-67. doi: 10.1002/jbm.820260210.

── よろしくお願いします。
まず、根尾先生が整形外科を志した理由を教えてください!

変わった理由なんですけれど、そう医師になりたいわけではなかったんです。
けれども、父親が婦人科を開業してましたので、なんとなく医学部に行き、学生時代は奇術研究会に入ってマジックばかりやってました。
勉強するのが好きというわけではなかったので、手を動かせる外科系を選び、その中で整形外科を選んだのは機能外科だということですかね。
命に関わらない方が何となく自分自身には向いてるかなということで、友達に誘われたのもあって山室隆夫教授が主宰する京都大学の整形外科教室に入りました。

── 入局されてから、大学院入学されるまでの間はどんなことをされてたでしょうか?

当時の京都大学は一般的に、一年間は大学で研修をし、二年間は比較的大きい病院に行って、その後の三年間は実践的な病院で、と六年間はローテーションする決まりでした。
京都大学は非常に関連病院の範囲が広いです。
実際、私が最初に赴任したのが島根県松江市で、その後には静岡市に行きました。
学閥超えての交流も少なかった時代ですので、来た患者さんは何でも診るというオールラウンダーになってもらうという医局の方針でしたね。
その後、大学院生として京都大学に戻りました。

── どんな研究をされたのでしょうか?

あの頃、京都大学整形外科は工学部の小久保正教授が開発されたアパタイト-ウォラストナイト含有ガラスセラミック(AW-GC)の研究に注力していました。
AW-GCは、後に京都大学整形外科教授になられた中村孝志先生が小久保教授と一緒に開発されたものなのです。
中村先生は、大学院生の時に、バイオグラスという骨とくっつく人工材料を最初に開発したLarry Henchの講演をアメリカの学会で聞いて面白いと思ったようです。
そこで小久保先生に「バイオグラスを作ってください」って頼まれたそうです。
小久保先生が「他人と同じものを作っても仕方ないから、新しいことをしよう」ということでAW-GCができた、と。
それをちょうど臨床応用しようとして山室教授が教室をあげて研究してるところへ、私が大学院生として戻ったのですね。

── なるほど、興味深いですね。
中村先生がバイオグラス作ってくださいって工学部へ持っていったところもすごいし、小久保教授も別の新しいのを作ろうとするところも凄い、、、!

中村先生は英語がお得意というわけでは無いのですが、演台から降りてくるHench先生を捕まえて色々聞いたらしいですね。
そして帰国後すぐに小久保先生のところに飛び込んだ、ということのようですので非常に面白いと思います。
それで、AW-GCの骨の界面を透過電子顕微鏡で見ろというテーマが私に与えられました。

生体と非生体が結合するっていうのは普通あり得ないですね。
線維性のカプセルに包んで体外に排出しようとするのが生体ですから。
ところが、AW-GCは骨が完全にくっついてしまう。
でも何故くっつくのかわかっていなかったのです。
私が大学院に入学したときには、走査電子顕微鏡で骨とAW-GCの界面を見るとカルシウムとリンが豊富なカルシウムリンリッチレイヤーがAW-GCの表面にできて、それを介して骨とくっつくということはわかっていました。そして、おそらくそのカルシウムリンリッチレイヤーはアパタイトだろうと言われていたのです。
しかし、走査電子顕微鏡では証明ができないので、透過電子顕微鏡で界面を観察してみようということになったのです。
ところが、、、
普通の骨は脱灰してから薄切して標本を作るわけですけれども、この場合は脱灰してしまうとAW-GCと骨をくっつけていると思われるアパタイトが溶けてしまうので非脱灰で切らなくてはならない。
これが私に与えられたテーマの足かせでした。
ダイヤモンドナイフで非脱灰の骨を切るのも非常に難しいですし、セラミックはさらに硬いもんですから絶対に切れないと言われました。
しかも、とても小さな標本の中に界面を持ってこないといけない。
それは無理じゃないかと多くの専門家の人に言われた。

私は、ちょっとしたことから、比較的再現性よく切れる方法を思いついたのです。
まずひとつは、材料の粉を骨の中に入れ、非脱灰のまま薄く研磨して硬組織標本をつくることにしました。
その研磨標本を限界まで薄くして、それをもう1回レジンに埋めてやれば、15ミクロン(研磨標本の厚さ)だけ切ればいいということになりますので、その薄さならダイヤモンドナイフで切れるかもしれない。
それから、粉を使ったためにどこでも適当に切れば標本のどっかに界面が現れる。
最初は私の頭も固くてですね、板状のセラミックと骨との界面を見ようと思っていたのです。
途中で、粉を使うことを思いつきました。
粉を用いて、研磨したものを再包埋することによって、AW-GCのみならず様々な人工材料と骨の界面をみることができるようになったのです。
山室教授に頓智といわれました、笑

── 凄いアイデアだったのですね。思いついたのはどんなシチュエーションだったか覚えていらっしゃいますか?

その何か素晴らしいヒントがあったというエピソードはないですけど、飲んで家に帰ってきた夜中にボーッと考えていた時だったと思います。その頃はしょっちゅう何かいい方法が無いかと考えていました。
その頃、テクニックを学ぶために硬組織標本を作るなどやっていましたので、そういうことが刺激になったのだと思います。
粉を入れてどれだけ早く粉の周りが骨で覆われるかを生体活性の指標にしようということをやっている研究者もいて、そういう標本も見ていました。

── 凄く大学院生活が充実されていたと思うのですけど、その後はすぐに臨床に戻られたのですか?

留学希望を出していたので、大学院卒業後は少しだけ臨床に戻って、それから2年間ドイツにあるベルリン自由大学付属ベンジャミン・フランクリン病院(現シャリテー病院ベンジャミン・フランクリンキャンパス)の病理学教室に留学しました。
山室先生のお友達の人工材料をやってる教授の下で研究しました。
やってたのは透過電子顕微鏡とは全く異なることでした。
当時、in situ hybridizationって放射性物質を使ってやるのがメインだったんですけど、留学先の教室はdigoxigeninというもので綺麗な標本が作れるところでした。
それを使って一型コラーゲンのメッセンジャーRNAを染めて、人工材料の周りで骨芽細胞が活性化されるかどうか、みたいなことをやってました。
ただ、テクニックとしては新しかったですが結果が人工材料に対してポジティブじゃなかったんですね。

今は、人工材料の表面はオステオコンダクションという考えが主流。
骨伝導と訳されますが、材料の表面は骨形成に影響を与えず、骨が延びていく足場を与えるだけだということになっています。

その頃は、オステオプロダクションという概念が提唱され、材料表面にアパタイトができると骨芽細胞が活性化され骨形成が促進されるんじゃないか、と人工材料をやってる研究者たちは凄い期待をしていたのです。
In vitroの実験なんかでも、そういう証拠があるという論文も多く出されていたのですけど、実際に骨の中に入れてみるとあまり変わらない。
もちろん悪さもしないけど、骨形成を凄く活性化させるというようなことにもならない、と。
私のやった実験はそういう結論になりました。
まぁ論文にはなったんですけれども、夢を与えるような結果ではなかった。

── そうだったのですね。
人工材料分野で突き進んでおられたので基礎医学の方にずっと行かれてしまいそうですけど、
臨床に戻ろうとどこで思われたのですか?

私は高校3年生の時には、医学部より理学部に興味があったのです。
ですので、この辺の分野にも結構興味があって人工材料も面白かったです。
もし、オステオプロダクションという仮説どおり、人工材料が骨形成をすごく刺激するという結果であれば、もっとやっていたかなと思います。
結局あんまり変わらないんだなっていう結果でしたので、人工材料への熱が冷めるというか。。。
また、臨床応用されていたAW-GCも「骨によくつくという話だけど、あんまり変わらないじゃないか」という批判が臨床現場で起きていたり、AW-GCの臨床使用も企業から打ち切りされてしまったのです。
製造中止の理由は、作るのにお金がかかり償還価格ではペイしないということもありましたし、言うほどそんなにつかないじゃないかという臨床現場からの意見もあっただろうと思います。
AW-GCは荷重に強くて骨とつくということだったので、椎間スペーサーや人工椎体という使い方が理想的だっただろうと思いますし、実際何人かの先生方には非常に気に入って臨床で使ってもらっていたので悪くはなかったのかもしれません。
しかし、やはり自家骨の方が骨癒合しますので、ハームスケージがでてきてAW-GCは駆逐されるという形になりました。
そこから30年経ちますけど、本当の意味で骨を作るという画期的な人工材料はないですよね。
BMPを混ぜれば良いのでしょうけど、材料だけで骨形成を強く活性化するというものはやっぱり出てきてないだろうと思います。

── 京都大学整形外科の研究を応用し、2020年からPorous Bioactive TitaniumのLLIFケージがでています。

わたし自身はそこに関わってはいないのですが、面白いなと思ったのはLLIFケージとして使われるようになった点です。
LLIFはすごい皮膚切開が小さく、自家骨も取れないですよね。
外側のフレームと内側の生体活性チタンのポーラス体でできている一体型のケージです。
自家骨には劣るかもしれないけど、人工骨とは同じぐらいの骨伝導能がある。
そういった材料が出てきて、それがちょうど小さい皮切とガンガン打ち込める金属という点で、新しい手術であるLLIFで使用するのに向いている。
私は早く諦めちゃったけど、続けて研究しているとまた追い風が吹いてくることもあるんだな、と思いましたね。

#02に続く

こちらの記事は2021年6月にQuotomyで掲載したものの転載です。