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【#03 野坂光司先生】イリザロフでないと救えない人がいる

本編に登場する論文

Effectiveness of Ilizarov external fixation in elderly patients with pilon fractures
Koji Nozaka, Naohisa Miyakoshi, Hidetomo Saito, Hiroaki Kijima, Shuichi Chida, Hiroyuki Tsuchie, Yoichi Shimada
J Orthop Sci. 2021 Mar;26(2):254-260. doi: 10.1016/j.jos.2020.02.018. Epub 2020 Mar 26.

── イリザロフ手術の際はブロック麻酔で行うとのことですが、どんなブロックなのでしょうか?

エコーガイド下で大腿神経と坐骨神経,外側大腿皮神経をブロックします。
皮膚切開が必要ないので患者さんは痛がるようなことはなく、すんなり手術は終わります。
耐術能が心配な方でも、抗血小板薬などを飲んでいる方でも、即日に手術が可能です。
極端な話、転んだ日の午後にブロック下で手術して次の日から歩かせる、ということも少なくないです。
麻酔科の先生がいない施設でも可能ですね。

── 高齢患者はピンサイトを管理できるのでしょうか?

認知能力がしっかりしていて、独り暮らしをしていたような方であればリングをつけたまま帰って頂きます。
管理はオープンシャワー法と言って、丁寧にピンサイトをシャワーで流してもらうだけです。
ただ、これは『言うは易く行うは難し』でして、スタッフの血の滲むような努力の結晶で外来通院が成り立っています。
洗浄の方法のみならず、ケアの仕方、拭き方や包み方まで、患者さんへの理解を深めるために、パンフレットやDVDを作成してくれたりしました。
イリザロフに慣れてない病院からご紹介いただいた方にはDVDなどを持って転院して貰います。
このようなスタッフの並々ならぬ支えがあって秋田のイリザロフのピンサイトケアは成り立っています。

── 素晴らしい!
スタッフの方々が積極的に関わってくれている秘訣はなんでしょうか?

イリザロフ治療は多くのスタッフが治療に参加してもらわないといけません。
手術は3分の1くらいのウェイトで、あとはケアやリハビリテーションが3分の1ずつみたいな感じです。
スタッフ皆の力で、この患者さんが歩けるようになったという充実感があり、他の内固定や人工関節に比べると、スタッフ自身が治療に深く関わっている感覚や満足感が凄く高いと思いますね。
昔はあんなにスタッフに嫌がられていたイリザロフが、、、今はそういうストレスがありません。
皆が団結して、患者さんを早く良くして早く帰りましょう!という形で応援してくれています。

── 勉強会なども主催していると伺っています。

コロナ禍になる前は、イリザロフ手技を学んでもらう勉強会を年に3-4回は開催していました。
参加者は若手だけじゃなくて、イリザロフをしたいけど指導を受ける環境にない先生が全国からいらっしゃいます。
また、医師にむけた勉強会のみならず、ケアセミナーというのも立ち上げています。
こちらも最初は秋田県だけだったセミナーでしたが、興味がある方たちが全国からいらっしゃるようになりました。
病院に見学に来てくださる方々も受け入れており、我々が日常的にやっていることを全て標準化し伝えることができるようにしています。
コロナ禍になってからは、ウェブ配信で勉強会ができるようにしています。
日本四肢再建・創外固定学会の事務局が秋田大学にあるのですが、学会でウェブセミナー参加者を募ったりしています。

── 凄いです。
高齢化社会に伴い、イリザロフの良い適応とおっしゃっている人工関節周囲骨折は増えているのですか?

増えていますね。
実際、元気な高齢者も多いですから、普通にプレートを用いた内固定で治せる人がほとんどです。
ただ、ごく一部、未治療の骨粗鬆症や心機能・腎臓機能が悪い等の理由で手術ができないという患者さんがいる。
そういう患者さんたちを全県から引き受け、イリザロフを行うという形で早期治療に繋げていくのが我々の仕事ですね。
イリザロフでやる必要があるのか?という御批判は重々承知ですが、イリザロフじゃないと手術できない患者さんがいることも事実なのです。

── 今回ご紹介いただく論文はピロン骨折に対してのイリザロフ治療についてです。
前回お話いただいた島田先生のエピソードにも登場した骨折ですね。

われわれの原点ですね。
この論文は、高齢者に対するピロン骨折のイリザロフ治療を、内固定治療と比較した後ろ向き研究です。
私が獨協医科大学埼玉医療センターに留学する前に、秋田県ではピロン骨折に対して内固定治療をやっていたので、その症例群を持ち出して留学後のイリザロフ治療群と比較しました。
この発表はかなり以前からしており、ずっと論文化しなければならないと思っていて、、、去年ようやく論文化できました。
留学時に大変お世話になった大関教授はじめ、イリザロフをやる外科医たちからすると、ピロン骨折をイリザロフ治療するというのは、さきほどの人工膝関節周囲骨折と同様に、それほど特別な感覚はないと思います。
ピロン骨折の良くない経過となってしまった症例を相談されるたびに、イリザロフ治療であればこんな失敗はしないのにって思うことはありますね。

── イリザロフ推奨派の先生方が思う一番のメリットは何でしょうか?

まずは早期荷重ができるという点です。
ピロン骨折を内固定治療した場合、6週から8週間免荷っていうリハビリプロトコールの施設がほとんどだと思います。
高齢者に対して6週間免荷のスケジュールを計画したとして、松葉杖を上手に使える高齢患者さんはあまりいらっしゃらない。
60歳代であれば松葉杖を上手に使えるかもしれないですが、80歳代になってくると免荷期間イコール車椅子期間ということになります。
イリザロフを付けたら即日荷重させることができることが一つの大きなメリットですね。

── なるほど。

また、高齢者は軟部組織が脆弱で、術後皮膚トラブルのリスクがある。
プレートを用いた内固定に耐えることのできない薄い皮膚をもっている方がいらっしゃる。
イリザロフだとピンを通すだけの皮膚侵襲なので、軟部組織にも低侵襲というメリットがあります。
その二つだと思います。

── イリザロフで早期荷重してトラブルになったことはないのでしょうか?

基本的に、しっかり整復しっかり固定したものに関してやり直したことはないです。
例えば、術中に上手く閉鎖的に整復ができて上手くワイヤーを通せたと思っていたら、術後CTで整復がちゃんとされてなかったということがわかった。。。
そのような症例では、やり直させてもらうことはありました。
そういう整復が重要という点はプレート固定だろうがイリザロフだろうが同じです。
イリザロフをつけて早期荷重させたことによって大きな矯正損失が生じ、やり直した失敗経験はないですね。
むしろ早期荷重によって骨癒合にメリットもあると思います。
やっぱり免荷している足というのは、骨萎縮もしていくし骨癒合が進みづらい。
また、内固定するとなると軟部も剥離しているため骨折部周囲の血流を損なっているわけです。
閉鎖的に骨折部周辺の血流を維持してワイヤー固定できて、適切なメカニカルストレスを骨粗鬆症骨にかけるということは大きなメリットだと思っています。

── プレートによる内固定をしている先生たちが、イリザロフをやらない理由には何があげられるのでしょうか?

1つはイリザロフ手術に慣れていない点だと思います。
ピロン骨折のイリザロフ固定ですと、足関節周辺には一つのリングで6-7本のワイヤーを入れますが、これが簡単なようで色々なピットフォールがあるので手技的に煩雑になります。
あとはピンサイトの管理で、当然ではありますが、関節周辺のピンサイト感染を心配されますね。
イリザロフをあまりしていない先生にとっては、特にピロン骨折に対してのイリザロフ固定はハードルが高いのだと思います。
それもあって我々はセミナーを行ったりしていくことで、全国からイリザロフ過疎地を無くしたいって思っています。

── あとは、整復が不十分になるんじゃないかとか言われませんか?

よく言われます。
閉鎖的に整復して不十分な時は遠慮なく皮膚を開けてしっかり整復するしかないですね。
プレートで固定するか、イリザロフで固定するか、最後の固定が何かという違いだけなので、整復不良を許容してイリザロフ固定でOKという手術はあってはならないと思っています。

── 荷重に関してだけでなく関節可動域(ROM)訓練も重要かと思います。
内固定した方がROM訓練の開始は早いですか?

関節可動域訓練に関しては、フットリングがかかっている間は確かにROM訓練ができません。
以前は、フットトリングを付けた状態でROM訓練ができるようにヒンジコネクターをつけてやっていた時期もあります。
ただ、やはり踵骨にワイヤーが刺入された状態では痛みもあり、なかなか難しいです。

現在は、4-8週は荷重のために関節を牽引した状態で,まずは歩行訓練を第一としてもらっています。
その後、フットリングを外してからROM訓練をするというスケジュールですね。
リングを外した直後は足関節は少し硬いですけれども、半年も経つとほぼ健側との左右差はないというデータを得ています。
ROM訓練前に歩いていることもあると思いますし、足部中間位で牽引をかけているのも良いのだと思っています。
イリザロフの場合は背屈0°を保って、良肢位でしっかりフットリングで固定できるというメリットがあるのです。
今はもうヒンジコネクターは使わないで、ROM訓練よりもまず立たせることを重要視していますね。

── 先生がやってきた基礎研究とイリザロフの臨床とは凄く親和性がありますよね。

おっしゃる通りです。重症骨粗鬆症性骨折や難治性骨折を早く癒合させて、できるだけ早く社会や家庭生活に復帰していただくことはとても重要なことだと感じています。
自分が基礎研究で行ってきた骨粗鬆症、骨代謝、そして副甲状腺ホルモンと、臨床でやっている高齢者脆弱性骨折であったり、感染性偽関節であったり、大きな骨欠損部分の骨形成をいかに促進させるかっていう課題は非常にリンクしていると思います。
今は高齢患者さんにイリザロフを付けながら骨粗鬆症治療も外来で行っていて、全身を診ながら局所も診ていると実感できています。
大学院でPTHの研究していた頃は、イリザロフを専門的にやるなんて夢にも思っていませんでした。今ではすべては繋がっていたんだという風にとらえていて、、、ご指導いただいてきました島田洋一先生と宮腰尚久先生にはとても感謝しています。

── 凄いですね。すでに全国で有名かと思いますが外傷で困っている医療者にメッセージはありますか?

難治性骨折でどうしても骨再建が上手くいかなかった症例は日本全国からご紹介いただくようになりました。
我々は、命を救う『救命』と同様に、四肢を救う『救肢』も非常に大切なことだと考えています。秋田大学整形外科では、脆弱性骨折や難治性骨折で困っている患者さんを『救肢』できるように皆で力を合わせて頑張っています!

こちらの記事は2021年9月にQuotomyで掲載したものの転載です。