
【康永秀生先生 #02】DPC研究のはじまり
本編に登場する論文
Outcomes after laparoscopic or open distal gastrectomy for early-stage gastric cancer: a propensity-matched analysis
Hideo Yasunaga, Hiromasa Horiguchi, Kazuaki Kuwabara, Shinya Matsuda, Kiyohide Fushimi, Hideki Hashimoto, John Z Ayanian
Ann Surg. 2013 Apr;257(4):640-6.
── 大学院時代のあとは、ハーバードへ行かれたのですね。
どういった経緯で決まったのでしょうか?
大学院の後は助教をやって、その後に寄付講座の特任准教授をやっていました。
既に教員だったので、ハーバードへは留学という形ではなく共同研究という形で行ったんです。
実は、ツテは特に無くてですね。
経緯はリアルワールドデータベース研究に関わってきます。
── DPCデータベースですね。
はい、2003年にDPC研究班が発足したのですが、当時はDPCデータベースを臨床研究に応用しようなんて発想は誰にもありませんでした。
私は2006年にDPC研究班に入らせていただきましたが、DPCデータを見て臨床研究に使えるだろうと思ったのです。
── 本来のDPC研究班の存在意義はどんな研究をするという目的だったのでしょうか?
DPCは包括支払制度にリンクしているので、本来の役割は医療費の適正化です。
2年ごとに診療報酬改定があるのですが、その点数決めのためにDPCデータを使うという目的でした
── なるほど。
研究班では「医療資源の適正配分」のような研究がおこなわれていたわけです。
ですから、DPCデータを臨床研究に使おうという私の考えが、最初から受け入れてもらえたわけではありません。
「DPCデータなんて臨床研究に本当に使えるの?」と。

やはり実績を作っていかないといけない、ということで最初は自分一人でDPCデータを用いた臨床研究をやっていました。
しかし、そこそこ成果は出してはいたんですけど なかなかDPCデータを利用した臨床研究という考えが普及しない。
そこで、リアルワールドデータ研究が進んでいるアメリカに助けを求めました。
アメリカのリアルワールドデータを引っ張っていってる先生たちのひとりが当時ハーバード大学にいらっしゃったJohn Ayanian教授でした。

当時、Ayanian先生と面識はありませんでしたが、何度かメールを送って、共同研究のお願いをしたところ、最終的には快く受け入れてくださいました。
それで僕がハーバードに赴いて何か月間か一緒に研究をやらせていただくことになったのです。

日本にはDPCデータというものがあるんだって説明をしたら、John Ayanian教授はDPCデータのポテンシャルに興味を示されていました。Ayanian教授から、観察研究のデザインや応用的な統計解析、データベース研究論文の書き方などについて、直接指導を受けられました。
それで今回の論文ができあがったのです。
── なるほど。
僕が外科を少しやったっていう事もあるので テーマとしては外科領域の胃癌の手術術式をPropensity Score Matchingを用いて比較した研究をやりました。
DPCシリーズの中でPropensity Score Matchingを使ったのは、これがはじめてなんですよ。
── 2013年発刊ですから、すごい最先端ですよね。
はい、いまや多くの人が使ってるPropensity Score Matchingですけれども。
実際に研究していたのが2011年の終わりくらいですから、その手法は当時はあまり知られていませんでした。
この論文が外科のリーディング・ジャーナルであるAnnals of Surgeryに載った、ということで、ついにDPCデータを用いた臨床研究の実績がでたのですね。
それ以降は実績もどんどん上がって、共同研究者も増えていきました。
臨床と疫学統計の橋渡しになる
── データを抽出したりクリーニングしたり、というリアルワールドデータを扱うノウハウもアメリカから学んだことなるでしょうか?
いえ、データ抽出やクリーニングの方法は、そもそもデータベースの構造に依存します。
DPCデータを扱うノウハウを構築するために、当時は一人で奮闘してやってましたね。
まあでも、自分がパイオニアになってやる時には、このような苦労は絶対通らなきゃいけない苦労だと思います。

そういうことをやっていたら、共同研究者の先生も増えていきました。
臨床現場の先生と一緒にやるときは、その先生とディスカッションをしてどのデータが必要か決めていきます。
データベースからそのデータを抽出して研究を進めていく、という一連の流れを作ったわけですね。
── 素晴らしいです。
その際に、僕がやってきたことを臨床現場の先生がまたイチからやるってのは非常に非効率なわけなんですよ。
臨床現場の先生がそこまでやる必要はないですし、私は役割分担と考えています。
日本の研究で一番足りなかったのはその役割分担なんですよ。
ひとりの医師が全てを自分でやらなければいけないみたいな所がありました。
── それ、ありますね。
基礎研究だと、わりと自分一人でやって実験も全部一人でやって、それで論文を自分で書いてってあると思うのですけど。
けれども臨床研究は一人じゃできないですし、データベース研究は全く一人じゃできない事です。
これからはチームで研究をやるシステムを作っていかなきゃいけないです。
私は短いながらも臨床の経験があって、公衆衛生で疫学統計も勉強したという経歴があるので、両方の橋渡しができるような存在なんじゃないかと考えています。
#03に続く
こちらの記事は2020年12月にQuotomyで掲載したものの転載です。