
【土屋弘行先生 #02】液体窒素処理腫瘍骨移植の開発
本編に登場する論文
Effect of timing of pulmonary metastases identification on prognosis of patients with osteosarcoma: the Japanese Musculoskeletal Oncology Group study
Hiroyuki Tsuchiya, Yoshimitsu Kanazawa, Mohamed E Abdel-Wanis, Naohiro Asada, Satoshi Abe, Kazuo Isu, Takashi Sugita, Katsuro Tomita
J Clin Oncol. 2002 Aug 15;20(16):3470-7.
── 先生がおっしゃるように希少疾患である骨軟部腫瘍ですが、次の論文はJapanese Musculoskeletal Oncology Groupからの多施設研究です。
これは帝京大学教授の立石昭夫先生と千葉がんセンター整形外科の高田典彦先生が立ち上げられた会です。
最初は骨肉腫の研究してる人は集まれ!と言って、骨肉腫勉強会って名前で始めていました。それが、どんどん大きくなって多くの施設で行う共同研究グループになったのですね。
JMOGと略称で呼んでいる特定非営利活動法人になっています。
── 論文の内容は骨肉腫の患者さんを肺転移が見つかった時期で4群にわけて生存曲線を比較した研究ですね。
多くの症例数が必要な研究だったと思います。
これだけの数はなかなか集まらないと思いますので、以前から疑問だった事をやろうと思いました。
肺に転移がでてくる時期で予後が全然違うと実感していまして、実際どうなのだろうと調べました。
治療前に既に肺転移が見つかった患者さんは普通に治療しても良いという結果でした。
── どういうことでしょうか?
私のように腫瘍学に関して素人ですと、肺転移が既にあるって聞くと予後が悪そうで手術適応ではないと判断してしまいそうです。
そうなのです、最初から肺転移があると諦めムードな考えもありました。
手術しないで化学療法だけ、あるいは手術しても患肢温存はどうせ無理だから切断とかっていうような風潮があったんですね。
私はそれは違うんじゃないかなと疑問に思ったのが本研究の始まりです。
肺転移があっても諦めてはいけない
臨床的に感じていたのは、術前から化学療法をやってるにもかかわらず肺転移がどんどん進行してしまう患者さんは予後が悪い。
あとは、手術のあとに術後化学療法をしますが、その間にどんどん肺転移が出てきた人たちも悪いだろうと。
結局予後がいいのはすべての治療が終わった後から出てきた肺転移の患者さん。
その場合の予後が一番よかった。
次は最初から転移のある人はそれなりに予後がいい症例がある。
── そうだったのですね。
本研究の結果、手術前後の化学療法中に肺転移が出てきた人は予後が悪いことがわかりました。
最初から肺転移があっても化学療法すると反応して良い経過を辿る人もいるのです。初診時の肺転移を諦めないことですね。
グループでやっていた研究なので、Jounal of Clinical Oncologyという良いジャーナルに載って良かったです。
インパクトファクター33点ぐらいあります。
── 凄いです!
多施設研究ならではの難しさとかありましたでしょうか
多施設でやっていることですので、細かいこと言われると、かなり厳しくなっちゃうんですね。
化学療法のレジュメや腫瘍サイズが揃っていない、とか。
この論文は、研究の価値を理解してくださった、いいレビュアーに当たったと思います。
また、かなり参加してくださった施設の皆さんにお手間とらせました。

── 次の論文がまだすごくて、液体窒素処理骨の研究ですね。
このアイデアはどこから出てきたんでしょうか?
当時は腫瘍用人工関節がメインで半分以上の症例にやっていたのですけども、生物学的再建手術ができないかとを試みていたのです。
つまり「骨が身体の中で修飾されて生き返る」「腱や靭帯、筋肉が付着する」という生物学的再建を、治療を受ける患者さんのことを思うと、絶対に成し遂げたい。
そこで最初はオートクレーブ処理骨をやってたのですよ。
130度の熱処理をして腫瘍細胞を殺して戻す、そんな手術を30例ぐらいやりました。
これはアメリカからスタートしている治療だったんですけども、合併症がものすごく多かったのですね。
オートクレーブ処理をしちゃうと、骨が燃えた後の炭みたいな感じになってしまい、もう絶対的にクオリティが悪くなる。
もともと腫瘍患者さんは感染率高いので、術後感染も心配でした。
ずっと続けていくには辛い手法と思っていました。
しばらく、可能な症例は骨延長で再建、再建できない症例は人工関節にしていました。
臨床課題からの基礎研究、そして臨床応用
ある時、私が突然思いついたんです。
もともと腫瘍再発予防の目的で腫瘍を搔爬した後に液体窒素をスプレーしたり掻爬後の空洞に入れたりという事を、骨巨細胞腫やグレードの低い軟骨肉腫などで行われていました。
それで腫瘍の再発率を抑えることができる。
液体窒素は腫瘍細胞を殺すことができるのはもう間違いないので、オートクレーブ処理の代わりに液体窒素処理ができないかな、と。
凍らせるほうが骨のクオリティも溶けた後で元通りで良いのではと思いました。
骨を作るタンパクとか血管をつくるタンパクが骨髄の中にあるんですけど、凍結処理後はそれらの活性が100%じゃないんですけどもまあ調べた限りは7割ぐらい残存していました。
取り出した悪性腫瘍をガバっと凍らせたあとに元に戻す、という事をなぜ皆しないんだろうと。
調べても当時誰もやっていなかったのです。

そこから牛の骨を使ったりして研究して、何分凍らせたら骨の中の腫瘍が全部マイナス100度以下になるかとか、全部調べました。
そのような基礎実験をいくつかしたあと、臨床応用していって先進医療にも採用して頂いてですね。
それで臨床試験的にやってたんですね。
最終的に保険収載にならないと誰でもできるようにならないので、それなりに苦労しましたが2020年4月に保険収載していただきました。
他の手法での処理骨もですけども、我々の液体窒素はその場で液体窒素の入った魔法瓶にドボンと入れて凍らせて溶かして元に戻すだけなのでやりやすい。
われわれのデータでは、タンパク質の活性は凍らせる処理が一番良い結果がでており、骨形成にも有利かなと思います。
── 臨床応用の前に基礎研究もされているとのことでしたが、臨床と大学院生の基礎研究の仕事が上手くリンクしてるというイメージがあります。
金沢大学整形外科の方針として、臨床現場で課題を見つけ、基礎研究へ持っていき、またそれを臨床にフィードバックしていくというアプローチをとっています。
サイエンスのためのサイエンスっていうよりは臨床に基づいた研究をしようとしています。
── そのアプローチが上手くいっている秘訣はありますか?
たまたまかもしれませんが、、、
液体窒素処理骨を例にとりますと、オートクレーブ処理骨をしているけど臨床的問題点がある。
そしたら、凍らせる方法は絶対これより優れてるというアイデアがでてきた。
安全性を検証するための基礎実験をして、そこから臨床にもっていって臨床試験できるようにした。
するとですね、またこの臨床から色んな課題が発生するわけですよ。
── なるほど。
例えば、液体窒素処理すると軟骨どうなるの?とか。
液体窒素処理すると細胞は死にますけど すなわち、軟骨細胞は死んで基質だけ残ります。
その後はどんどん摩耗していわゆるOAチェンジを起こしてcollapseするわけですけども、軟骨細胞を液体窒素処理でも残すことできないのかという研究も思いつくわけです。
すると、グリセロールという液体を表面に染み込ませておくと、液体窒素処理しても軟骨基質と細胞が残るという研究結果が出てくる、とかね。
色んな研究が派生してきますので。
── 安全性を調べた基礎研究のあとに臨床試験に持っていくのも御苦労があるかと思います。
安全性といってもですね、とにかくデータをお見せして検討していただくわけです。
まあこんなんですよ、と。
液体窒素で凍らせた骨を体の中に入れるだけならまず何の副作用も、ほとんどないんですよね。
あとは倫理委員会がどうやって認めてくれるか、ですね。
液体窒素処理骨の場合は、いわゆる凍結手術(Cryosurgery)として、例えば乳がんや前立腺がんで既に臨床で使われていましたので。
それを骨に応用した形にしたので、さほどハードルは高くなかったのも事実です。
── 先生のアイデアは、別の分野でやってたことを骨軟部腫瘍に応用したら上手くいくんじゃないかって気づきを基にスタートされていますので、決して突拍子もないことを言い出しているわけではない。
そういえば、どこかで講演した時に偉い先生に言われました。
「土屋君はなんか身近にあって、色々安い材料を使って色んな面白いことをしている」とかって、笑。
カフェインとか液体窒素、次の論文で出てくるヨードもそうですけど。

自分の領域だけみてると、なかなかいいアイデアは出てこないですよね。
いろんな他の領域でアンテナ立てといて広く探す、というのがすごい大事じゃないかなと思います。
例えば私の場合、がん治療学会など、いろいろな科が集まる学会に参加することがありますよね。
そういう時は他科の話を色々聞くという風に意識的にしてますね。
そうすると「この考え、胃がんでやってるけど骨腫瘍に応用できないか?」とか、また別のアイデアが出てきたりするものです。
#03に続く
こちらの記事は2021年2月にQuotomyで掲載したものの転載です。