
【土屋弘行先生 #01】大学院での研究とウィーン大学留学
本編に登場する論文
Marginal excision for osteosarcoma with caffeine assisted chemotherapy
H Tsuchiya, K Tomita, Y Mori, N Asada, N Yamamoto
Clin Orthop Relat Res. 1999 Jan;(358):27-35.
── 先生が整形外科の中でも骨軟部腫瘍という比較的特殊な専門分野を選ばれたのは、いつからだったのでしょうか?
1983年に医学部卒業と同時に整形外科に入局しましたけれども、その時から骨軟部腫瘍には興味があったんですよ。
まあなんとなく骨肉腫という病気は昔から知っててですね。
チャレンジングな領域だと思ったので、是非とも骨肉腫の研究ができたらと思っていました。
ただ1つ想定していなかったことがありまして、骨肉腫というのは大変稀な疾患だというのを知らなかった。
たくさん患者さんがいると思ったから、実はいなかった。
まあそれだけ希少疾患って皆さんから目を向けられない病気なので、かえってやりがいがあるかなと思っておりました。
当時はものすごく治療成績も悪かったですから、何とかしたい気持ちが強かったですね。
まだ外科的な治療としては切断術が主流の時代で、患肢温存は大学でもやっていなかった頃です。
── なるほどですね わかりました 先生最初からもちろん整形外科の(骨軟部腫瘍)いきなり行くわけじゃなくて一般的なローテーションみたいなことをされたんでしょうか
2年間はジェネラルに外傷中心に色んな領域を学んだうえで、金沢大学のシステムでは卒後3年目ぐらいから大学院に入って研究するようになります。その時に正式に専門が決まることになっているので、そこで骨軟部腫瘍を選びました。
── 大学院ではカフェインの研究をされています。
当時の骨軟部腫瘍領域の研究はヒト由来の骨肉腫の培養細胞の作成に成功していたものですから、それを使った研究が盛んに行われていました。
抗がん剤が骨肉腫に投与されるようになった最初の頃だったんですよね。
化学療法の導入によって治療成績がよくなるんじゃないかという事で我々も時代の流れにのって研究していました。
新しい抗がん剤を作るのは無理だったので、抗がん剤をどうやって有効利用したらいいかという事を考えていたらカフェインにいきついたのですね。
── このカフェインのアイデアは金沢大学大学院でやられていた研究を引き継いだのでしょうか?
これはもう全く私が始めた事なんですよ。
当時、抗がん剤感受性試験が盛んだったのですが、試験をしても有効な薬は全く見つからず,無効と判定される結果がたくさん出てきていたのです。
すなわち、骨肉腫を調べてもですね、効かない薬はいっぱい出てきますけど 効く薬が出てこない。それだったら効かない薬も効くようにしたらいいんじゃないか!?という発想で始めたんですよ。
カフェインは、皆様ご存知のコーヒーの成分ですけどね、キサンチン誘導体の一つで面白い作用があることを、ハーバード大学のパルディって方が金沢大学に講演に来たときに話していたのです。
整形外科の人ではないのですけど。

カフェインて面白い作用があるんだ、と言うのですね。
紫外線や放射線でDNAが損傷されると普通はそれを修復して生き返るけど、カフェインを入れておくと壊れたDNAが修復されない、って講演で話していて。
「あれ?これひょっとしたら抗がん剤にも応用できるんじゃないかな?」と閃きました。
そしたらナイトロジェンマスタードのDNA損傷をカフェインが入っていると修復させないという事が、少しデータとして出てきたんですよ。
たぶん抗がん剤も一緒なんだ、、、という事で、いろいろな抗がん剤を調べたんですね。
DNA合成阻害作用のある抗がん剤、例えば当時ではシクロフォスファミド、アドリアマイシン、シスプラチンとかを、骨肉腫の培養細胞に「効かない濃度」で投与するんです。
効かない濃度っていうのはDNAに抗がん剤で損傷が与えられても癌細胞は修復して生き返って来る濃度というとこです。
けれども、その効かない濃度でもカフェインを薄い濃度で入れとくと細胞がバタバタして死んでいくのがわかりました。
細胞数はカウントしなくても、顕微鏡で見てすぐわかるぐらいだったんですよ。
── すごい、先生が大学院何年の時だったんですか?
大学院の2年目ぐらいですかね。
最初はビタミンDとか抗カルシウム拮抗薬を使って抗がん剤作用を増強させようと思ってたんですけど、人に投与しようと思ったらとてつもない量になってしまうという事が調べたらわかったのです。
キサンチン誘導体のカフェインだったら濃度的にも問題なくて、その方向へグッと走ってたという事です。
── 面白いです。異分野の講演でカフェインの話を聞いた時に、ピンときたのですね。
そうです。
あの時にこれは使えるんじゃないかと閃いた。
調べたら正常細胞でDNA修復の研究をしてる人たちで、似たようなカフェインの研究はやってたんですよ。
ただ、骨肉腫の細胞で抗がん剤の有効性を上げる研究は、私たちが初めてだったという事になりましたね。
── すごいですね。今回ご紹介いただく最初の論文ですが、カフェイン併用の化学療法をすると患肢温存ができるようになった、という理解で良いでしょうか?
患肢温存はもともとある程度はできていたんですけども、カフェイン併用化学療法を導入することによって有効率が2-3割から8-9割ぐらいに上がったんです。
局所の腫瘍がほとんど消えるっていう症例も数多く出たんです。
そうすると患肢温存手術もやりやすくなりました。
この論文は、カフェイン併用化学療法を行うことで縮小手術が可能となり、正常な組織をたくさん残せるので患肢機能も良いという論文です。
Wide excision(広範切除)ではなく、大事な組織を温存できる、骨端とか靭帯・腱・筋肉を残すという意味で部分的marginal excision(辺縁切除)となる手術を目指せるという。
── 現在、このカフェインを使用した治療は標準的治療になってらっしゃるんですか?
いえ、実はポシャっています。
なぜかといいますと、カフェインに特許がないんですね。
薬は最終的に実用化するには薬事承認が必要で、それにはメーカーが動いてくれないとできないんですよ。
私どもは先進医療などの仕組みを用いてチャレンジはしていたのですけれども、結局メーカーは特許がない場合には基本的には見向きもしないということです。
研究の死の谷に見事に落とされました。
新しいことがいっぱい産まれても、実用化するのは千分の一ぐらいなわけですよ。
── 悔しいですね。
そこでですね、カフェインの製剤っていくつかあるわけです。
クエン酸カフェインっていうのを使って同じような作用があることを見つけまして、それは2019年と2021年に特許を取得したんですよ。
あとはメーカー次第ですが、今はリセットという状況です。
── すごいです、20年ぶりにリベンジをしようとしてらっしゃる。
そうですね、まあ1つの事を実用化するのにやっぱり20年ぐらいはかかるんじゃないでしょうかね。
ノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶佑先生の「PD-1」の研究もオプシーボという製品になるのに20年以上かかってる。
研究を実用化するというのは本当に大変で、メーカーがサポートしてくれないと絶対成り立たないことなんですね。
── 素晴らしいお仕事ですね。

── 大学院のあとは腫瘍グループのチーフになられたのでしょうか
先代教授の富田勝郎先生が教授になられたのが1989年で、その4-5年後かな。
腫瘍グループのチーフになって、研究を色々自分で考えたり、大学院生にたくさん研究してもらったり、臨床の方もやり始めたっていうとこです。
カフェイン併用化学療法についても、薬剤部や化学療法部と協力して臨床試験を続けたり、色んなことを押し進める事ができるようになりました。
── 留学はいつ頃にされているのでしょうか
はい、チーフになる前の91年にウイーン大学のKotz先生のところに留学しています。
腫瘍用人工関節やローテーションプラスティで有名な先生で、世界に名だたる大家なんですよ。
まあそこで見てきたのは人工関節ばっかりですね。
ただ本当にこれでいいのか?っていって色々考えて、、、
次のステップに入っていったわけなんです。
患肢温存を目指して
腫瘍用人工関節は日本に1980年代に入ってきて使われていましたが、手術成績がそんなに良かったわけではないんですね。
広範切除すると筋肉とか色んなものがゴソっとなくなりますので、足が残るだけで機能的には今ひとつっていう状況もかなりあったんですね。
本当にそれでいいのかと色々悩んでいたんですね。
それはウイーン大学に留学行っても一緒で、人工関節いれて足を温存できるけども、機能が必ずしもついてないんじゃないの?という事がわかりました
また、Kotz先生がやっていたローテーションプラスティは、下肢の向きを180度反対向きにしてくっつけ、足関節を膝関節の代わりにするというものです。
機能的にはいいんですけど、あれは見た目的に日本人には受け入れがたくて、あまりよろしくないと私は思いました。
── その思いが、次の論文の患肢温存につながるのでしょうか?
そうですね、そこでも1つストーリーがあります。
1989年、骨折の勉強をしにスイスのダボスに行ったんですよ。AOのコースです。
そこに、イリザロフ先生っていうのが講演に来てましてね。
── あの骨折の創外固定治療の大家の先生ですね。
1時間の予定の講演を2時間以上やってましたけども、笑
骨折で偽関節になってしまった治療をどうしたこうしたって、症例提示の連続です。
その中に慢性骨髄炎に対して病巣を切り取って骨延長術で治したって症例がいっぱい出てきたわけですよ。
「あ、これは骨欠損を再建する点で腫瘍と一緒だな。体の中で骨が再生するわけだからいいな」と。そこで、世界中にやってる人はいないのかと調べても、悪性腫瘍にやっている人はいないんですよ。

悪性腫瘍は何でやらないんやと、知り合いの腫瘍をやってる先生にも相談したこともあったんですけど、化学療法をやっているので感染もするだろうし骨もできないだろう、といわれました。
私たちが多分世界で一番初めに骨肉腫に対してイリザロフをやってると思います。
── 大学にイリザロフ治療ができる骨折グループの先生はいたのでしょうか?
誰もいなくて、私が始めたんですよ。
難治骨折領域の人は誰もいないし、イリザロフ創外固定をできる人もいない。
ということで、私がイリザロフ創外固定を用いた脚延長、変形矯正、偽関節、骨髄炎の治療もスタートして、、、まあその中で腫瘍も同時にやったということです。
2足のわらじみたいなものです。
骨軟部腫瘍に対しての骨延長手術の話は、SICOTという学会がシドニーであった時に発表してですね、かなり皆さん驚いてくれたんですよ。
すぐ翌年、イギリス整形外科学会に講演で招待されましたね。
── すごいです。
世界ってこんなんだと思いましたね、ええ。
#02に続く
こちらの記事は2021年2月にQuotomyで掲載したものの転載です。