
【#02 菅谷啓之先生】データをまとめてエビデンスとして世に出す
本編に登場する論文
Arthroscopic osseous Bankart repair for chronic recurrent traumatic anterior glenohumeral instability
Hiroyuki Sugaya, Joji Moriishi, Izumi Kanisawa, Akihiro Tsuchiya
J Bone Joint Surg Am. 2005 Aug;87(8):1752-60. doi: 10.2106/JBJS.D.02204.
Functional and structural outcome after arthroscopic full-thickness rotator cuff repair: single-row versus dual-row fixation
Hiroyuki Sugaya, Kazuhiko Maeda, Keisuke Matsuki, Joji Moriishi
Arthroscopy. 2005 Nov;21(11):1307-16.
Repair integrity and functional outcome after arthroscopic double-row rotator cuff repair. A prospective outcome study
Hiroyuki Sugaya, Kazuhiko Maeda, Keisuke Matsuki, Joji Moriishi
J Bone Joint Surg Am. 2007 May;89(5):953-60. doi: 10.2106/JBJS.F.00512.
Humeral insertion of the supraspinatus and infraspinatus. New anatomical findings regarding the footprint of the rotator cuff
Tomoyuki Mochizuki, Hiroyuki Sugaya, Mari Uomizu, Kazuhiko Maeda, Keisuke Matsuki, Ichiro Sekiya, Takeshi Muneta, Keiichi Akita
J Bone Joint Surg Am. 2008 May;90(5):962-9. doi: 10.2106/JBJS.G.00427.
── 菅谷先生は肩関節鏡に関する論文をたくさん出版されています。肩関節鏡で先行していたアメリカからの臨床研究は進んでいたのでしょうか?
私はThe American Academy of Orthopaedic Surgeons (AAOS) にアトランタで開催された1996年から毎年参加していて、必ず肩のセッションを聞いてました。
関節窩形態学の論文の症例を集めていた2000年くらいには、もうこの人たちに技術的には負けないと感じていました。
あと欲しいのはエビデンスだけで、データを出していけば絶対勝てるぞ、と。
実際、その関節窩形態学の話は2002年のAAOSのオーラルで発表することができましたので、データを出していけば受け入れられると確信しました。
鏡視下腱板手術も当時からたくさんやっていたので、データさえまとまれば、アメリカに追いつき追い越せるという感触を2000年くらいからもっていました。
── 素晴らしいですね。
次の論文は2005年の反復性肩関節脱臼に関する論文です。
反復性肩関節脱臼に対しての手術をopenでやるか鏡視下でやるか、一般的にその適応を決めるのは骨欠損です。
その骨欠損が骨性Bankartになっている症例以外に、全く骨が消えて吸収されているようなerosion typeがあると気付き、まとめたのが前回の論文です。
それまで、骨性Bankartって世界的に鏡視下手術の治療対象から無視されていました。
けれども、転位しているだけで骨としてはまだ生きてる、いわゆる剥離骨折なんで、関節唇や靭帯と骨が繋がっています。
それを元に戻していけば、骨欠損の症例にも鏡視下手術で対応できるようになると思ってやっていました。
そのデータをまとめたのが2005年に出したJBJSの論文です。
けれども、なかなか受け入れられなくて、2015年にも本術式の長期成績を出すことになりました。
骨性Bankartに対する理解は日本やアメリカは深まってきているのですが、ヨーロッパはもともとLatarjetのように骨移植をしている歴史もありますので、、、まだまだ世界なコンセンサスが得られてるとは言えませんね。
── 伺っていて、鏡下手術の適応が広がる素晴らしい手術だと思います。
技術的に難しくて世界的に受け入れられにくいということもありますか?
実は、ちょっと難しいです。
難しいですけれども、日本だと結構みんな普通にやってます。
ちゃんとした技術をマスターするという気持ちがあれば、絶対にできますよ。
例えばヨーロッパ、特にフランスだと鏡視下Bankart手術って教育しません。
最初からLatarjetとか骨移植の話になってしまうのです。
フランスから私のところにフェローに2-3名来てますけれど、鏡視下Bankartを初めて見たって言いますから。
そういうお国柄や、手術にアンカーを使えるかという医療環境もある。
色んな国にそれぞれの事情があるので全員にプッシュするわけにはいかないのですが、やっぱりできる国では、患者さんへのメリットも大きい本手術を広めていってほしいですね。
肩関節不安定症の治療の1つとして確立していると思います。
── 素晴らしいです。

── 次の二つの論文は腱板損傷の鏡視下手術について、です。
腱板損傷に対して関節鏡手術が始まった時に、いわゆるシングルローという一列でしか止めない方法と、ダブルローという2列でアナトミカルな固定力が強い方法がありました。
2000年初めの頃にシングルローとダブルローのどちらが良いのか?よくディスカッションになっていました。
もうひとつの論点は、関節鏡で腱板修復したけれど、術後どれくらい治っているの?structural integrityはどうなっているの?っていうことが議論の中心になりそうでした。
そこで、いち早くシングルローvsダブルローの比較試験を出したのがArthroscopyに掲載された論文です。
これはおそらく世界で最初のシングルローvsダブルローの比較論文です。
その時に、openとかmini openでやっている人たちを説得するためには、実際にrepair integrityといって、術後の腱板修復状態はどうなってるかってデータで示さなければならないなと思ったのです。
しかし、術後腱板修復状態の分類って一生懸命探したんですけど、どこにも書いて無いのですよ。
仕方がないから自分で分類を作って、それがいま世界中で使われているSugaya分類です。
5型に分けて、術後1年のMRI所見で評価した。
それを使って大体retear rateが、通常の腱板だと三十パーセントくらい。
小さい断裂だと十パーセント未満で大きい断裂だろ30-40%行くって言うのが、大体いま世界的に言われていることですね。
私たちは腱板損傷に対する関節鏡手術は最初はシングルローで始めて、そのあとにダブルローにしてました。
後ろ向き比較研究の結果、ダブルロー優位という結果でしたが、本当に初期の頃にやっていたシングルローとの比較でしたので、そんなに科学的ではなかったと思います。
そこで、次は前向きにダブルローを行った研究のデータをまとめようと出したのが、次のJBJSの論文です。
── 術後の腱板修復状態を議論できるようにしたわけですね。
ものすごく意義のあるお仕事です。

── この頃から東京女子医大の非常勤講師を務められたり、ハワイ大学で解剖学教室の客員教授になられていると伺っていますが、どういった流れでお話が来るのでしょうか?
私は日本国内で肩関節鏡のパイオニア的存在になってきていました。
そこで、メーカーさん主催で肩関節鏡の手術トレーニングをやろうということで、カダバーラボが盛んに行われるようになりました。
2000年の半ばくらいからハワイ大学を使用させてもらっていて、2ヶ月に1回くらいトレーニングをしてたのです。
まぁ新型コロナウィルスの影響で終わってしまいましたけど、カダバートレーニングの講師をずっとやっていました。
私と船橋整形外科の高橋憲正先生がずっと講師をしていたのもあって、指導するだけじゃなくて夜の飲み会で船橋整形外科のリクルートの場にもなっていたり、笑。
結局そうやってる間にハワイ大学の解剖学教室の方からhonorary instructorになってくれ、という話がきて、面白そうだな、と。
ハワイ大学の客員教授については、そういう経緯です。
── 次の棘上筋と棘下筋の解剖学的な論文はカダバーを用いた研究で驚きました。
これはハワイ大学のカダバーを使われたのでしょうか?
いや、違うのですよ。
その当時、私のところでフェローで研修にきてくれていた東京医科歯科大学の望月智之先生のツテですね。
私は多くの症例を経験する中で臨床的疑問をたくさん持っていて、その中で解剖学的な疑問も凄くあって、はっきりさせたいという気持ちが強かった。
そういう話を望月先生に話をしたら解剖学教室の秋田恵一先生を紹介しますよって言われた。
私が臨床的な疑問を秋田先生に提供して、いろんな解剖学的疑問を解決していくことができました。
この望月先生が筆頭著者の論文は、世界中で引用されている画期的な論文になりました。

JBJSのClark and Harryman先生が書いた有名な論文があるんですけど、それによると腱板の付着部ってのは棘上筋が真上についていて棘下筋がその後ろに付くって絵があって、臨床医は皆それを鵜呑みにしていました。
例えばカダバートレーニングをしていても、実際のその腱成分遠位のところが分からないのに、その絵が頭にあるからそこを切っちゃうのですよ。
やはり整形外科医が解剖のstudyをやってもダメです。
秋田先生のようなclinical anatomistにお願いしてみると、軟部組織をきれいに表面を剥がして腱成分の走行を見ながらやってくれる。
すると、棘下筋は前にカーブしてきているし、棘上筋はかなり限定的なところに付着してる、という世界でみても画期的なデータがとれた。
実際の臨床をやっていて、比較的大きい腱板断裂の症例で後の棘下筋を前に持ってくるのは比較的簡単です。
ただ、棘上筋がなかなか遠位で出てこない。
そういう後ろが大きいやつって結構前に来るよな、っていう印象がずっとあってClark and Harrymanの論文と合わないな、って思ったのですよ。
それを望月先生に相談したら秋田先生を紹介してくれて論文になった。
── 臨床的疑問から始まった研究で素晴らしいです!
#03に続く
こちらの記事は2021年7月にQuotomyで掲載したものの転載です。