
【内田宗志先生 #02】股関節鏡手術の習得、そして検証
本編に登場する論文
Clinical and Radiographic Predictors for Worsened Clinical Outcomes After Hip Arthroscopic Labral Preservation and Capsular Closure in Developmental Dysplasia of the Hip
Soshi Uchida, Hajime Utsunomiya, Toshiharu Mori, Tomonori Taketa, Shoichi Nishikino, Toshitaka Nakamura, Akinori Sakai
Am J Sports Med. 2016 Jan;44(1):28-38. doi: 10.1177/0363546515604667. Epub 2015 Oct 1.
── トロントから帰国してからは、産業医としてご勤務されます。
そうですね、日産自動車で産業医として勤務いたしました。
2年間、会社の組織の中で働く経験ができて、貴重な経験になりました。
社内教育のシステムは参考になりましたし、マネージメントの勉強にもなりました。
当時は安全装置が発達していて怪我しなくなっていて、産業医としてはメンタルヘルスが問題になっていましたね。
メンタルヘルスケアの立ち上げとかに関わったりしていました。
── 2006年から産業医科大学にて臨床に戻られています。
そこから股関節鏡を始められるのでしょうか。
トロントに留学している頃から、股関節鏡という凄いことをする先生がいるな、という認識はありました。
2006年に大学に戻ってからは、再び症例を紹介していただけるようになってスポーツ整形外科の症例数が増えていったんですよ。
そんな頃に、剣道やっている女子高生が股関節が痛いって言って来院されました。
股関節を診察すると関節唇も損傷されてそうだし、寛骨臼形成不全もあって当時は骨切り手術をするしかない。
「整形外科的アプローチをしても剣道するまでには治せない」って僕が説明しちゃったんですね。
そしたらその患者さんに目の前で泣かれたんです。
膝とか肩とかは経過もわかるし「治るよ」って言えるのですが、股関節の骨切り手術を受けてスポーツ復帰は難しいとの判断でした。
けれども、自分が「治らない」って言って患者を泣かせた、っていうのが心の中に突き刺さったんです。
なんとか自分でも低侵襲で股関節鏡を行って、スポーツ選手を復帰させることができないか、と思って2008年に米国コロラド州ベールにいるMarc J Philippon先生の下へ留学したんです。
キャダバートレーニング付きで3週間修行させていただきました。
1分たりとも無駄にしたくないので、Marc J Philippon先生の手術がないときは外来を見学させてもらって、先生がいないときはリハビリもみさせていただいて、と血眼になってやっていました。
手術がないと遊びに行ったりしちゃう先生も多いのですが、時間を無駄にしたくなかったですね。
── 凄いです。股関節鏡を習得しようという意気込みが違いますね。
交通費や宿泊費を自腹を切っていると時間を大切にしますし、一所懸命に取り組むので、何十倍にもなって自分に返ってきますよ。
自分で旅費をはらって、宿泊費払ってって、コースへの参加費を払って、ってやっていました。
今は最初から「旅費は出してくれるんですか?」と聞いてくる若手もいますが、時代が違うってこともあるかもしれませんが、当時の自分には成長の糧になっていましたね。
そのおかげで、関節鏡の中で最も難しいと位置付けられている股関節鏡の手術を、すぐに習得することができて、症例数を増やすことができました。 現在医療連携で、非常勤として勤務させていただいている、東京のアレックスグループや京都下鴨病院の先生はいち早く、私を雇ってくださり、九州、関西、関東で勤務させていただくことによって、症例数を6年間で1000例を超える手術を行いました。
そして、手術だけでなく、学会や論文執筆などの学術活動をおこなうことによって、欧米の先生から認められて、インストラクターとして招待されるようになりました。

── 今回のご紹介いただく論文は、先生の寛骨臼形成不全に対して股関節鏡手術を実施した症例の成績不良因子に関するものだと思います。
寛骨臼形成不全に対しての股関節鏡手術は手術成績がよくないという一般的な考えがあったのですが、中には凄く成績が良い症例もいるんです。
例えば新体操選手のような、体の柔らかさを武器にするようなアスリートは、従来の骨切り術より股関節鏡が低侵襲で良いのではないか、ということで何人か股関節鏡手術をさせていただいていたのです。
そしたら、一番最初の症例が凄く成績が良かったんですね。
そこで手応えを掴んでアスリートではない方も手術するようにしていたら、成績がよくない症例もでてきた。
それまでは股関節鏡手術で成績不良が何%いる、という発表くらいはあったのですが、どんな症例が成績不良なのか詳しく調査している論文はなかったのです。
私と同じような成績不良例を作ってはいけないということと、手術適応を明確にしようということで詳しい調査を行ったんですね。
最初は股関節鏡の適応外では?と非難されましたね。
しっかり寛骨臼形成不全を画像評価して、手術適応を正確に決めないといけない。
CEA20度以下は股関節鏡手術やめておいた方が良いです。
20-25度はボーダーラインの寛骨臼形成不全と言われていて、その中ではどうか?と第2弾の論文も出しています。
── 患者さんにとっては股関節鏡で手術できた方が早期復帰など良い点があるはずです。
先生の挑戦も最初は非難されてしまっていたのですね。。。
私は自分のやっていることを正直に論文という形にして世の中に出した方が良いと思っています。
手術だけをやっていても、やりっぱなしにすると自分が成長しません。
論文を書くことで第3者の目で手術成績を評価してもらうことになります。
また、論文を書いて投稿すると査読者のコメントからも多くのことを勉強させていただくことができます。
臨床研究をすることで臨床家として自分が成長できるのですね。
── 時代は少し遡って、2011年に若松病院が開院され、先生も異動されます。
若松病院はもともと北九州市立の病院だったのですが、経営状況が悪かったために産業医科大学が買い取ることになったのです。
当時院長だった中村教授に呼ばれて「若松病院を買うって話があるんだけど、北九州出身の先生はどう思うか?」と言われました。
「それはやめといた方がいいんじゃないですか」って返事していたのですど。
1ヶ月後には「買うって決まったから、お前行くか?」と教授に言われて、「わかりました。御意のままに。」という返事をしました。笑

困難なこともたくさんありましたが、開院メンバーになる機会を与えて頂いてありがたかったですね。
地域に根付いた整形外科としての一般医療とスポーツ整形外科の2本柱で、今は臨床も研究も頑張らせていただいています。
若松病院の中にはクリーンベンチやインキュベーターもある培養室も作ってもらったのですよ。
関節鏡手術で採取できる滑膜や関節唇から分化能とか増殖能をみたり、臨床をベースとした基礎研究を続けています。
#03に続く
こちらの記事は2021年3月にQuotomyで掲載したものの転載です。